第6話 潜入開始

 ……彼女たちを愛しているかと言われればそうではないが、愛していないかと言われてもまたそうではないのが複雑なところだ。他の場所で出会っていれば、少しは変わったのだろうか。



 眠りから目を覚ますと俺は足りない頭を必死に働かせて、この鎖を解いて自由になるための策を練った。



 「……おはよう」



 クラリスが目を覚ます。その声の方を見ると、リーシャも既に目を開けていた。



 川に出て顔を洗うと、俺はクラリスを支えて地図とコンパスが示す方向へと足を進める。リーシェは体が自由に動くのを活かして、斥候として道すがらの危険を知らせてくれた。そのおかげか、目的地へ辿り着くまで、一度も戦闘にならずに済んだ。



 「……あった。あれだ」



 崖から見下ろすと、それは高い城壁に囲われた石造の古城であった。嘗て関所として使われていた物が捨てられたのだろうか。道を塞ぐように建造されていて、三角の屋根を被った高い塔が一つ、そして二段からなる要塞のような形をした本丸、その傍らに小さな離れがある。



 門は二つ。北と南に設けられている。手前側の南門には番兵が四人。北門は、影になっていて見えないが、同じような数がいるのだろう。



 駐装備は皮の鎧や角の生えた兜、それに武器はハンドアクスや幅の広いグレートソードと言った、斬るよりも叩き割るエモノを携えているようだ。俺の知る知識では、北欧のバーバリアンなんかがイメージに合うように思える。山賊というにはあまりにも恰好が統一されているから、あれは意図して製作したものなのだろう。一通りの技術を有しているのを思うと、攻略の先が思いやられる。



 「侵入は無理だな」



 俺の左腕はもう使い物にならないし、(ゴブリンの口内環境は劣悪だったらしく、傷口は化膿して痛みは増している)あばら骨だって歩く度にピリつく感覚がある。あの高い城壁を登るのは不可能だ。



 二人を見ると、必死に方法を考えているようだった。



 「……俺に考えがある」



 言うと、二人に作戦を伝えて、その日は動きを徹底的に観察することに費やした。



 そして、来たる翌日。作戦開始の時がやってきた。(もっと時間を使うべきなんだろうけど、あいにく俺たちの体力はもう限界寸前だ)



 まずは崖を戻り、城に繋がる道を俯瞰できるポイントに向かうと、そこから馬車が来るのを待った。



 昨日あそこを訪れた馬車の回数は三。台数は疎らで、それぞれ五、八、六だった。強奪した物資や拉致してきた人間を運んでいるようだ。荷物を調べはするが、それも中を軽く確認する程度。それなら、俺たちのこの格好を利用する他ない。



 待つこと数十分。崖の向こうで監視をしていたリーシェがサインを寄こす。一回目の馬車だ。台数は四、これではダメだ。もっと多くなくてはならない。



 続く二回目。再びリーシェのサイン。昨日と同じならばここで最も数を運んでくるはずだが……。



 ビンゴだ。台数は十二。これならいける。



 俺は木陰に隠れてボウガンを構えると、矢をセットして馬車群が真下を通るのを待った。そして、その瞬間。



 「今だ」



 矢を隊の先頭にいる馬に目掛けて射出した。それが見事に後ろ足に刺さると、馬は唸り声をあげて大暴れする。全体の動きが止まったのを確認してから、俺は再びボウガンから矢を放ち、今度は中心の馬に矢を当てた。



 二頭の馬が暴れ、辺りは大混乱に陥った。



 「テメェら!いっぺん止まれ!矢ぁぐれぇでガタガタ騒ぐんじゃねえよ!!」



 リーダーだろうか。集団で最も体のデカい男ががなり立てると、今度は捕虜となっている者どもが怯えて馬車を飛び出した。その中の一人が山賊の男に切り裂かれると、それを見てまた悲鳴が上がった。



 「チャンスだ」



 俺はリーシェにサインを出すと、互いに崖を降りて隊の最後尾に待機した。



 「探し出してぶっ殺せ!!グールに引き渡してやる!」



 グールとは、恐らくあの食人族たちの事を言っているのだろう。(クラリスに言葉を教わった)それを聞いた時、あの死の間際の出来事を思い出して、ふと笑いを吹き出してしまった。



 「どうしたの?ランス」



 緊張感がないと怒られれるだろうか。確かに、こんなことをしている場合じゃないな。



 「いや、何でもない」



 程なくして、リーシェが合流した。



 「それじゃあ、次のタイミングで行こう」



 山賊は、飛び出してきた捕虜を戻す班と、俺たちを探す班に別れて行動を開始した。そして、俺たちは管理の目の隙を盗んで馬車に戻る捕虜たちに混ざり、後ろから三番目に乗り込むことに成功した。順調だ。



 「……血の匂い」



 そこに乗っていた男が、ぼそりと呟いた。水で落としはしたが、こびり付いた臭いまでは落とせなかったらしい。しかし、それを追求する精神力は残っていないらしく、その場の全員が虚ろな目をして座り込んでいるだけだった。



 それから数分が経過し、再び馬車は動き出す。捜索班は残って探しに出ていった。運転手とあのデカい男だけが隊にいるようだ。



 うれしい誤算だ。少しとはいえ、敵の数が減るのは助かる。俺たちは息を潜めて、門へ到達するのを待った。

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