第39話 望まぬ結末

 「……来るよ」



 モモネミの声の後、亡霊は瓦礫を蹴り飛ばす。



 「その程度……」



 躱し、斬って正面を見ると、亡霊は右手に影の剣を持って迫っていた。彼は、浸食していた影を取り込んで自分の力としていたのだ。傷の中を見ると影が繋がって傷を修復している。



 「だが、そいつはエクスカリバーの前では力にならないッ!」



 これを斬れば、肩を繋いでいる影まで消し去る事が出来るはずだ。勝ちを確信し、タクミは聖剣を構えてどこに斬撃が来ても対応できるように構えた。



 (おかしい。レヴがそんな単純な攻撃をするわけがない。何か裏があるんだ)



 影と聖剣が衝突すると、亡霊の再びダラリと腕が落ちた。しかし、反動もなく消し去ったせいでタクミは体を傾けてしまう。その隙に、亡霊はタクミの手に思い切りミドルキックを放った。



 「それを受ける必要はないんだよッ!」



 タクミは聖剣を手放し、その攻撃をかわす。大きな力に囚われない戦い方を意識したタクミは、聖剣の力に頼り切らず持っている物を出し尽くすと決意していたからだ。



 「これでトドメだ!」



 どこかから別の剣を取り出すと、それを亡霊に向けて突き出す。狙うのは右胸。戦いを止めさせる事が目的のタクミにとってわざわざ守りの固い頭や心臓を貫く必要はなかったからだ。致命傷になれど、その程度で死ぬわけがないと解っているからだ。



 斬。



 ……固い皮膚を貫き、体の反対側には銀色の血の付いた刀身が出ている。確かな手ごたえを感じて、タクミは自分の手元を見た。



 「……なっ」



 タクミが目を見開いたのも無理はない。何故なら、剣が突き刺さっているのが心臓のある左胸だったからだ。ドクドクと血が噴き出す。それを引き抜こうと力を入れたが、どういう理由か亡霊はタクミに体を預けたまま剣を強く握り、そして離さない。



 「……違う。これは俺の望んだ結末じゃない」



 タクミが人を殺したのは、初めてだった。



 彼が今まで戦っていたのは、地下から這い出てくる魔物たちだ。ならず者やチンピラを成敗する事はあったが、命まで奪う事はなかったのだ。



 やがて、亡霊の体から力が抜け、更に深く剣が刺さった。タクミはその手を離すと、彼は物理法則に乗っ取って倒れる。剣は墓標の様に立ち、タクミは茫然と手についた銀色の血を眺めていた。



 「違う。モモネミ、違うんだ。俺は、俺は亡霊を救おうと」



 彼は、間違いなく右胸に攻撃を放った。だが、それを見切った亡霊が自分でそこに刺さる様に仕向けたのだ。振り返ってモモネミを見る表情は、明らかに動揺している。



 しかし、モモネミは考える。亡霊は、こんなにもあっさりと死ぬような男だったのかと。



 「……違う。レヴはそんな意味のない事をする奴じゃない。何かおかしい。……まさか!」



 彼の背後から、金属が擦れるような音が聞こえた。肉体から、剣を引き抜く音だ。



 その時、モモネミは思い出した。あの野営地で、どうして亡霊が負けたのかを。



 「タクミ!逃げるんだッ!!」



 次の瞬間、タクミの胸を裂いてモモネミの目の前に剣先が現れた。赤い飛沫が妖精の顔にかかり、その視界を赤く染め上げる。タクミは自分の胸を見ると、口からも血を吐きだした。



 剣を抜く。血振りをして地面に液体を飛ばした後、タクミは振り返ってからその場に崩れ落ちた。傷を抑えて縮こまりながら、亡霊の顔を見る。



 「命が一つしかないだなんて常識を語るつもりじゃないよな。……だったか」



 そう。我々は知っている。亡霊が、ミザリーに命を与えられていた事を。……圧倒的なまでの初見殺し。これを見破る事など、一度殺された者以外には不可能だ。



 「タクミ!タクミ!」



 飛び寄り、彼の体を揺さぶるモモネミ。必死で傷口を抑え込むが、ゆっくりと目が閉じていく。亡霊は、タクミが他人を頼り力に固執しない事を知って、それを利用した。聖剣で貫かれれば、心臓ごと消えてしまう事を肩を貫かれて解っていたからだ。猟奇的な暴力の裏に秘められた智力が、この勝敗を決したのだ。



 「ダメだ。……ダメだダメだダメだ!!タクミ!スキルを唱えるんだよ!」



 しかし、最早声を出す事も叶わない。タクミの脳裏に浮かぶのは、一緒に旅をしてきた仲間たちの姿だ。彼女たちは、自分の死を知ればどう思うだろうか。



 (みんな……)



 その光景を一瞬だけ視界に映すと、亡霊はゆっくりとミザリーの元へ向かった。魔女は少しだけ正気を取り戻したのだろう。向かってくる亡霊に対して再び恐怖を抱いているようだ。



 「待たせたな。お前のおかげで勝てたよ」



 「ひっ……。ひぃ……」



 首を何度も横に振り、後ずさろうと足を踏ん張る。しかし、一切力の入らないのかカクカクと揺れるだけで、逃げる事など出来るはずもなかった。ミザリーは、自分の行いを心の底から後悔していた。もし、悪魔の力を授けなければ。もし、命を幾つも与えなければ。もし、あの絶望の表情に魅入られなければ。



 ……歪な形だが、ミザリーの最愛の者は亡霊だ。恋とは不思議なモノで、殺さ続けて恐怖に支配されても未だ好きでいてしまう。恋愛感情の破綻に必要不可欠なのは裏切りだ。つまり、ミザリーは彼が自分を殺す事を裏切りだと考えていない。亡霊がこうなってしまう事を、魔女はどこかで解っていたのかもしれない。



 だからこそ、ミザリーは泣いて謝れば解ってもらえるのだと。縋りつく相手はタクミでもモモネミでもなく、この悪魔レヴナントなのだと。狂気の研究者が導き出した答えは、ひとかけらの論理性もない酷く脆弱なモノだった。結局、どれだけ狂っていても心の底のコンプレックスを拭う事など出来ないのだ。そして、少年たちでは満たせなかった欲求は、ある意味この恐怖によって満たされていた。自分だけが、亡霊を満足させることが出来るという事実。求められているという安心感。



 お前のおかげ。その一言で、ミザリーは幸せを感じていた。



 「あなたは、もう私なしでは生きていけない。うふ。……うふふ」

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