第38話 最終決戦!勇者VS亡霊

 「レヴ、ダメだッ!それをやったらもう戻れなくなる!!」



 その言葉を聞くよりも早く、タクミが動き出した。



 「スキル、『ヴェント・ドライブ』ッ!!」



 唱えた瞬間、タクミは落下するミザリーよりも疾風はやく駆け、スープに届く間一髪のところでその体を抱くと、壁を走って上り再び着地した。ヴェント・ドライブは、一時的に脚を速めるスキルだ。特徴として、風のオーラを纏っての移動となる為、どれだけの速度を出してもタクミの持つ物が摩擦によって失われないという純粋な移動手段のスキルだ。もちろん、千切れたミザリーの体も傷つくことはない。



 「あっ……あっ……」



 散々亡霊に殺された上に深いところで瘴気を浴びたせいか、ミザリーは正気を失い白目をむいてしまっている。目じりからは涙が流れていて、うわ言の様に「ごめんなさい」と何度も呟いていた。



 離れた所に身構えたタクミだったが、亡霊は少し体を傾けたと思うと一瞬で間合いを詰めてタクミに迫った。



 「スキル、『フェール・キャッスル』ッ!」



 そう言って、彼は背を向けた。フェール・キャッスルは、全ての攻撃手段を手放す代わりにあらゆるダメージから身を守る最終防御スキルだ。ただし、フェール・キャッスルやアブソリュート・フォルス等、最終奥義と呼ばれるスキルは一日に一度しか唱える事の出来ない切り札。タクミですらも、三枚ある最終奥義というカードのうちの二枚を既に切ってしまう程追い詰められているという事だ。



 攻撃が効かないと知るや否や、亡霊は躊躇なくタクミの立つ地面を思い切り踏みつけ破壊した。咄嗟の機転により、二人纏めて地獄の穴へ落そうという算段だ。



 「なっ……」



 やはり、戦闘の経験がもろに出てしまう。おまけにミザリーという枷を背負っている事も相まって、崩れ往く足場に対応が出来ない。何とか戻ろうと崩れる地面を駆けだすタクミだったが、亡霊の追撃があった。今度はタクミの体に飛びつき彼の体を軸にして右回りに半回転。その際、タクミの着ているローブ思い切り引っ張って反動で自分を崖へ、タクミを穴へ放る様に仕掛けたのだ。ダメージを受け付けないフェール・キャッスルの性質を利用される形となってしまった。



 瘴気に触れながら落ちていくタクミ。目を閉じ、その時を待つ。



 (……ダメだ。亡霊レヴナント、やはりこいつには俺一人じゃ勝てないみたいだ)



 しかし、彼の目は輝きを失っていない。諦めてなどいないのだ。彼が待っているのは、死ぬ時などではない。



 (だが、今の俺には、モモネミがついてるッ!)



 思考の瞬間、モモネミが声を張り上げて言った。



 「タクミ!ヴェーチル・ストライクだ!エクスカリバーでスープを切り裂くんだ!!」



 「スキル、『ヴェーチル・ストライク』ッ!!」



 酒場前での一件を見ていたモモネミは、そのスキルを覚えていたのだ。瞬間、タクミは右手に聖剣を現し、それを空中で振るうと三つの斬撃が宙を舞い肉のスープを切り裂く。一撃で地面までの細い穴を作り出し、二撃で隙間に流れ込むを液体を食い止めると、三撃で魔物が這い出る瘴気の穴を塞いだ。着地してすぐさま飛び立ち、崖を走って今度は街の方へ高く飛び上がった。



 モモネミは、エクスカリバーがペイルドレーン・ワークスの尖兵や影の集団を消し去る事を知っていた。そして、この穴に捨てられているのは邪悪な実験の成れの果てである。ならば、液化していても聖剣であれば同じように消し去れると考えたのだ。



 「……しつけえな」



 モモネミが亡霊の声を聞いたのは、ここに来て初めての事だった。そして、それがである事を見逃さなかった。これまで無表情で何も言わず、ただ復讐をするためだけに殺し続けていた亡霊から零れた言葉。ミザリー以外に、口に出してしまう程の苛立ちを覚えた。つまり、今亡霊の中には復讐以外の感情が生まれたという事だ。



 更なる手を打つべく、亡霊はタクミを追って空中へ駆けだした。しかし、ひらひらとした影が猛スピードで空を駆けている。



 「……レヴ。戻ってくるんだ」



 一瞬、開ききった亡霊の瞳孔が閉じて野営地で見た光を取り戻していた。モモネミは小さな体を限界まで広げて、亡霊の前に立ちふさがり静かに言ったのだ。



 「じゃ……、邪魔だッ!」



 右手で払いのけると、モモネミは横に吹っ飛んで床に激突した。骨が折れたのだろう。足があらぬ方向へ曲がっている。だが、妙な事だ。モモネミは地獄の穴へと叩き込まれる事は無く、しかも。モモネミは、のだ。その理由は、一つしかない。



 亡霊は、躊躇した。



 彼は、空を飛べるわけではない。モモネミへの一撃でバランスを僅かに失ったのか、タクミへの攻撃は僅かに前に逸れてヒットする事は叶わなかった。交差する瞬間、二人は空中で顔を見合わせる。頬まで裂けた口は思い切り歯を食いしばっていたが、タクミにはその表情が苦しんでいるように見えた。



 着地。一歩先に降り立ったタクミはミザリーの体を地面に置くと、剣を構えて亡霊を見据える。一方、亡霊は落ちていた木の棒を持ってタクミにではなく剣に向けて叩きつけた。当然、棒は折れて破片が飛び散ったが、本当の目的は次の攻撃だ。



 「タクミ!上だッ!」



 「あぁッ!」



 棒を振り下ろした勢いで前に宙返りをすると、亡霊は硬化かせた足でタクミの頭上にかかと落としを見舞った。しかし、先に反応して頭上に横向きに構えていたおかげで、攻撃を防ぐ事に成功。剣は火花を散らしたが、剣を少しだけ斜めにずらす事で足が地面を叩く。



 「ここだあぁああぁぁッッ!!」



 チャンスと見るや否や、タクミは一直線に剣を突き出した。見切りで反応した亡霊は身を翻したが。



 「うぉぉぉぉぉおおおぉぉッ!!」



 僅かにタクミのスピードが勝った。剣は右の胸あたりを貫くと、深く差し込んだ後にガードの部分で亡霊を押し出して引き抜く様に吹っ飛ばした。



 「……くっ」



 街の壁に激突した亡霊は、声を上げながらも立ち上がった。攻撃を喰らうと予感した瞬間、亡霊は避ける為ではなく、急所を逸らすために身を翻していたのだ。しかし、ダメージは相当なモノだ。悪魔の体となった亡霊の体には特に大きな力を持つ聖剣に貫かれたのだ。血はなく、ぽっかりと穴が開いていてその部分だけ消し去られたという様子だ。



 肩を繋ぐ腱を失ったようで、亡霊の腕はダラリとぶら下がっている。……いつの間にか、亡霊の目はミザリーではなくタクミを見ているのだった。

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