レフト

夏目くちびる

第〇章 攻城戦

第1話 異世界生活

 「おら、とっとと降りろゴミ共」



 随分長いこと馬車に揺られて、山の大分深いところまで連れて来られてしまった。



 ここにいる俺とその他三人の者は、これから食肉文化のある部族に食糧として売り飛ばされてしまう。なんの価値もない、奴隷にもなり得ない無能な人材の末路がこれだ。



 俺がこうなった理由は、この世界の言葉がわからずにいたからだろう。



 転生してきた直後、訳もわからず独りで原っぱに放置された。(ちなみにトラックに轢かれたような記憶はない)



 淡い期待を持ってステータスウィンドゥのオープンを試みるも、起動はなし。永久に物を出し入れ出来るマジックバッグの存在もなし。魔法は使えない。スキルもない。物理攻撃力は、まあ木作業員をやってたからそれなり程度だ。



 女神や世界の管理者的人間、果てはケモミミ娘やチート持ちの女聖騎士や実はスライムの勇者や世界の仕組みを教えてくれる意味有りげなモヒカンまで、色んなモノを待ってみたがやってきたのは強烈な雨と風で飛んできた空の容器だけだった。そのおかげで、水には困らなかったが。



 そこから二日間歩き続けて辿り着いた村で、この世界では言葉が通じない事がわかった。(融通効かねえなあ)前の世界でもロクに勉強をしてこなかったから自信はなかったが、生きる為に少しずつ言葉を覚えたよ。その甲斐あって、最近ではようやく挨拶くらい出来るようになってきたってのに。



 「聞こえねえのか!○○○(知らない言葉)共が!」



 この通り、絶体絶命の危機だ。



 あの村の村長は、元の世界と同様に俺を土木作業員として雇ってくれた。言葉通じねえけど、とにかく必死で頼み込んだらやらせてくれたよ。案外捨てたもんじゃねえって、そん時は思った。



 ……そんな生活を三ヶ月くらい続けたある日、この山賊たちが村を襲撃して村民を拉致。大抵の奴は奴隷商に売り飛ばされたが、その査定から外れた者がいる。俺たちだ。



 そんな働き手にもならない者を、こうして食糧にするという。この世界の文明レベルは中世未満だ。そんなところだけ、テンプレなぞらなくてもいいってのに。



 そういうわけで、うまいことコミュニケーションの取れない俺がこうなるのも、当然といえば当然だった。



 ぶん殴られても痛くて仕方ないので降りようとすると、隅っこで二人の女が尿を漏らしながら震えている。首輪に鎖が繋がれているから、彼女たちが降りてきてくれないと動けないのだが。



 ちなみに、ここにいる者は俺以外のみんなが四肢のどこかを欠損している。男は右腕、女二人は一方が左腕と口が効けず、もう一方は左足と右目。



 力なく体を動かすして鎖を引くと、先頭の男が急に走り出した。どういう方法かわからないが、彼は手錠と首輪を外したらしい。



 俺はというと、外れる前の一瞬だけ勢いに拐われ、慣性のままに地面に伏してしまった。その勢いで後ろの二人も少し引きづられたようだ。



 「……バカが」



 山賊の男はめんどくさそうにそう呟く。背中のボウガンを手に持ち、滑車で弓を引くと逃げ出した男の頭に鉄矢を叩き込んだ。



 「うわあああぁぁぁぁぁ!!」



 俺は目の前で頭部が弾け飛ぶのを見て、思わず絶叫してしまった。そして、あまりの恐怖尿を我慢できず、全てを垂れ流して着ている物をビチャビチャにぬらしてしまった。



 「きたねえよ○○(知らない言葉)!!」



 そう言われて腹を蹴られると、更に尻から汚物が流れた。



 「クッソ、殺すと価値が下がるのによ」



 ああ、俺は死ぬんだ。間違いなく、決定的に。



 「……っくけっ」



 「あぁ?」



 「クケっココここクックっ……ネハッ、ネハッ、ネッハははハヘヘハハ!!!」



 「あーあ、また壊れちまった。……おい、こいつ黙らせとくから先に行って門開けさせてこい」



 「あいあいさー」



 そういうと、二人のうちの一人が一人で山奥に向かっていった。



 死ぬ、死ぬんだ。俺は死ぬんだ。でも、なんで?なんで俺は死ななきゃいけない?なんにもしてねえで勝手にこの世界に連れてこられて、苦労して働いて言葉の勉強だってしたのに!その結末が拉致られて、挙げ句の果にはキチガイどもに生きたまま腹をカッ切られて、自分が喰われるのを見ながら死ななきゃいけねえってか?



 ふざけるな。これが異世界転生だなんて、そんなの嘘だよな?



 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。そんなの嫌だ。死にたくねえ。



 死にたくねえ、死にたくねえ、死にたくねえ!!俺は、絶対に死にたくねえんだ!!



 だったら……っ!し、し、死んじまうくらいなら、な、何でもやってやる!!何でもやってやる!!



 「ケヒャ!?ケッケッケヒャヒャヒャヒャ!!」



 そう言いながら、俺は自分の尻を弄る。手錠の鎖は長いが音はなる。だからそれを悟らせないように、男の目の前で舌を噛み切って見せた。



 「おい、死ぬなって言ってるだろうが。コラ、聞いて……ウォブ!?」



 しゃがんで俺の口をこじ開けようとしたまさにその瞬間、俺は男の口の中に自分のうんこをねじ込んで、更に顎を下から両手で思い切りぶん殴った。



 「う……うぉえ」



 吐き気を堪え切れずに地面に膝をついたその姿を見ると、俺はすかさずボウガンを彼の背中から抜き取り、滑る手で滑車を引いて男に向けた。



 「おい!!」



 馬車の中の二人に声をかける。



 「おい!!早くしろ!!逃げるんだよ!!」



 舌っ足らずな発音でそう言うと、二人はハッとした表情をして動きだした。しかし、足の無い彼女が立ち上がる事が出来ない。



 俺は腕と手を馬車のテントに擦り付けて汚物を拭うと、手を引っ張って馬車から降ろし、再び男にボウガンを向けた。



 そして。



 「おい、う、うぉぇ……、こ、殺すな!」



 男はは汚物まみれの顔でそう言う。だが。



 「だ……っ、ダメだ!生かしておくと、お、お、お前は俺たちを殺しに追ってくるだろ!!」



 そう言って、ボウガンの引き金を。



 「やめろおおおおおおおッ!!」



 強く。



 「うおおおおおおおおおッ!!」



 引絞った。



 カラスが、鳴いた。

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