第24話 勇者の凱旋
『ふっ。なるほど』
モモネミの言葉を聞いて、クマは笑った。しかし、モモネミは体制を解かずにクマを見ている。
『もう構えなくてよい。汝、なぜここにいる?』
「ペイルドレーン・ワークスに、仲間を助けに行く」
それを聞いて、クマは目を見開いた。
『汝、あそこがどういう場所かわかっているのか?』
しかし、妖精は毅然とした態度で。
「知っていなきゃ、君と戦う覚悟が出来るもんか」
そう言った。瞬間、クマは胸の奥に響く何かを感じた。そして、その痛みをなぞって自分の胸を見ると、嘗て撃たれた雷の傷がある。……心の奥底で燻っていた復讐の炎が、再び燃え上がったのを実感していた。
クマの気持ちを痛いほどに理解したのは、他の誰でもないモモネミだ。怒りの業火を一心に受けて、憎悪に焦がされそうになる精神を抑える。
「……僕についてくれば、君の望みを叶えてあげる。どうだい?一緒に来ないかい?」
冗談のような誘い文句に、クマは笑う事が出来ない。なぜなら、その姿に忠誠を誓うべき覚悟を見たからだ。小さな体に、空席の玉座へ座る資格の片鱗を垣間見て、だからこの妖精を支えたいと心の底から思ったのだ。
『……貴殿、王になる気はないか?』
モモネミは、メスを地面に突き刺して。
「元より、そのつもりさ。君の山も、僕が治める」
そう言い放った。堂々たる姿に、感動すら覚える。そして、モモネミに王の素質を見たのは、クマが武を志す者である事を意味する。玉座を守り続けるその忠義は、家臣としての素質を多分に含んでいる。モモネミは、そこに気が付いて臆せずにいたのだ。
『では貴殿。是非、我は貴殿へ仕えさせてくだされ。森の動物は、我をフェデルと呼びます。以後、そう呼んでください』
「そんな口調、君には似合わないよ。あと、僕の事はモモネミって呼んでよね」
『御意。モモネミ、以後よろしく頼む』
言われて、早速モモネミはフェデルの背に乗った。なぜなら、腰が抜けて倒れてしまう姿を、家臣に見せるわけにはいかなかったからだ。
「それじゃあ、往こう」
こうして、モモネミは新しい仲間を手に入れたのだった。
× × ×
時間は再び遡り、前日の朝。ネウロピア王国より東に位置するキャメル戦線にて。
「タクミ様。今日も流石の活躍でした」
「ありがとう、アウラ。みんなも、よく頑張ってくれた」
言われて、勇者のパーティメンバー照れたように笑う。そんな姿を見て、彼は満足そうに先頭を歩くのであった。
彼の名はタクミ。嘗て別世界から召喚された勇者である。彼はこの世界に存在するあらゆる魔法を操り、剣を握れば切り裂けぬ物はなく、そして他の誰にも扱う事の出来ない無法の技術、スキルを発動することが出来る。実力は、最高にして最強。冒険者ギルドでも唯一のマスターランクを保持しており、生きる伝説としてこの世界の頂点に君臨している。
彼には四人の仲間がいる。獣の耳を持アウラ。エルフの血を引くミュウ。大貴族の令嬢レア。そして竜の娘クールン。彼女たちはそれぞれが得意な魔法を持ち、そのどれもがタクミに届かずとも一流の実力を持っている。
彼らはこの一週間、キャメル戦線にて巨大な
「それにしても、ミノタウロスの大群なんて初めて見たわ。タクミが居なければ一体どうなっていたか」
ミュウの言う通り、今回の魔物の進軍には過去に類を見ない苛烈さがあった。しかし、タクミはミノタウロスの中へ果敢に突っ込むと、その全てを黒炎と剣にて撃退した。彼の持つ聖剣エクスカリバーは、ネウロピア王国の国宝であり、神話の時代に悪魔を切り裂いた退魔の剣である。使う者を選ぶエクスカリバーは、タクミにしか鞘を抜くことの出来ない最強の剣だ。
「まあ、みんなが無事で何よりだよ」
彼は防具を身に着けず、剣を扱う者にも関わらず魔術の力を高める奇跡の付与された黒いローブを羽織っている。一見攻撃を喰らえば耐えられぬように見えるが、彼には一定のダメージを無効化するスキル、『バリアブル・オーラ』と、ダメージを受けても自動で回復するスキル、『パッシブ・リチェーチ』が常時展開されている。下手な城よりも、彼を傷つけるのは難しい。
「タクミ様が守ってくれるので、大丈夫です……」
彼は、小さな声を出したクールンの頭を撫でると、足元に魔法陣を顕現させ転移魔法を唱えた。
「レア、早く行こう」
レアと呼ばれた彼女は、既に閉じた
「どうしたんだ?何か忘れ物か?」
「いいえ。大丈夫よ。行きましょう」
レアがそう答えた瞬間、五人の体はその場から消え、次の瞬間には遠くのフラックメルの南門前へと姿を現した。そのまま都へ入ると、勇者の凱旋を祝うように住民が祝福する。戦争の立役者として既に活躍は知れ渡っていた為、彼らが凱旋を称えるのは当然の事だった。それに応えるように手を上げ、街を練り歩く。そしてそのまま王城へと足を踏み入れると、王であるレイン=フォン=ネウロピアが直々に彼を迎え入れた。
「やあ、よく帰ったね」
彼は父と兄の亡き後、この国を背負って立つ事となったのだ。元々民衆からの人気が高かったこともあり、王を襲名する事に反対する者は少なかった。
「どうってことない。報告だけしに来たんだ。それじゃ、俺は疲れたからこれで」
この国で王にため口を聞くのはタクミだけだ。しかし、今となってはそれを咎める者もいない。
「わかった。報酬はいつものように」
「よろしく」
そう言って去ってゆくタクミ。レイン王はその姿を見送ると、マントを翻して自室へと戻っていった。
客間にて待たせていたパーティと合流すると、彼は言った。
「それじゃあ、祝杯を上げよう」
そう言って肩で風を切る彼を羨望の眼差しで見つめると、彼女たちはその後を追ったのだった。
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