第4話 ゴブリンの強襲
死体の服を剥ぎ取って、再び先へ進む。靴が手に入ったのはありがたい。(二人は服を切り裂いて巻いていた)
地図によれば、目的の場所の近くに大きな岩があるようだ。この岩の下には何かの文字が書かれていて、それを読んだクラリスは「ここなら知ってる」と言った。地元民万歳だ。
この方角にまっすぐ行くと、初日に体を洗ったあの沢の下流に出るらしい。そこを更に下ったところで例の岩があるとの事だから、まずはそこを目指さねばなるまい。
血まみれのまま歩き続ける。赤く染まったこの顔が気にならないのは、俺が本格的に理性を失ってしまったからなのかもしれない。
「リーシェ、ナイフを貸してくれ」
そういうと、彼女は鞄を背中から下ろし(片腕で背負えないから、ロープを切って体に巻き付けている)、俺にナイフを渡した。
俺はそれを使ってあぜ道の草木を刈り取りながら前へ進む。出口へ向かっているはずなのに、どんどん森が深くなっていく。迷わないように印をつけて進みたいが、そうすれば追手に感づかれてしまう恐れがあるから、そういう訳にもいかない。最も、連中もまさか俺たちが自分たちの根城を目指しているとは思ってもいないだろうが。
しかし、そんな気遣いも無駄な努力だったと思い知らされたのは、それから間もない頃だった。
「……追われてる」
後ろから、微かに葉が擦れたような音が聞こえる。それに気配だ。昨日の連中と似た気配。つまり、殺気だ。クラリスの目には映らず、リーシェにも聞こえないようだが、それでも確かな予感。
「うそ、だって何も……」
その言葉を聞いて、二人は怯えたように俺に張り付くと、自然と別々の方向を監視した。
俺たちの様子を見て、どうやらそいつらも立ち止まったようだ。理性があるのか?しかし、人ではない。それにしては、あまりにも小さいからだ。
そんな時。
「……っ!?」
石の礫が俺を目掛けて飛来した。それが瞼に直撃すると血が出て、視界を赤いカーテンが覆っていく。
それを受けると、俺はクラリスもろとも地面に倒れこみ、ナイフを落とした。リーシェもそれにつられて伏せてしまう。
「ランス、ど、どうしたの?」
俺は声を細める。
「正体を突き止める。二人とも、うろたえるフリをしてくれ」
いうと、リーシェは迫真の演技で俺の体を揺らし、クラリスは悲鳴を上げた。
すると、木々の影から三対のゴブリンと一体のオークが現れた。これはやべぇな。
「グフフ」
不敵な笑みを浮かべながら、奴らは近づいてくる。涎を垂らし、こん棒で手遊びをしながら。武器はスリングショット(パチンコ)が一体。こん棒が二体と、オークが断ビラを肩に乗せている。そのデカブツが地響きにも似た叫び声をあげると、辺りの鳥たちが空へはばたいた。
そんな様子を見て、二人の演技はいつの間には本物となってしまう。
「ねぇ!ランス!ちょっと起きてってば!逃げないとやばいよ!!」
カチカチ。俺はその言葉を聞きながら、静かにボウガンの滑車を引く。
「ランス!本当に殺されちゃうよ!!」
リーシェは腰を抜かし、片腕で後ずさる。しかし俺たちが繋がれている以上、それは叶わない。声を上げられず、ガチガチと歯を震わせている。
「ランスっ!!」
カチッ。
ゴブリンの一人がクラリスを持ち上げる。その小柄な体躯と不釣り合いな圧倒的な怪力を見せつけて、俺ごと彼女を掲げた。
「いやぁ!」
吊られて、俺の体が地面から起き上がるその瞬間。
「グェァ……ッ」
俺はナイフを拾い上げ、喉元から脳天を穿つようにナイフを突き立てる。刃渡りの長いそれは、ゴブリンの脳漿を真っ二つに裂くと、引き抜いて血の花を咲かせた。
「悪いな」
更に、俺は素早く矢をセットすると、スリングショットを持つ個体にボウガンを放つ。カシュッ、と勢いある音が小さく響くと、次の瞬間にはゴブリンの頭を貫通してその体が力なく倒れた。当たってくれて、助かったぜ。
「グ……グゲェーーーーッ!!」
ゴブリンが吠える。その声に呼応するかのように、オークは足を速めて俺たちの元へ。その勢いのまま、俺の体を唐竹を割るように一直線に断ビラを振り下ろした。
「リーシェ!!」
俺は彼女の名前を呼ぶと思い切り突き飛ばし、俺は真逆の方向へ踏ん張った。すると、ピンと張った鎖をオークのエモノが分断し、俺たちはそれぞれの方向へ大きく吹き飛んだ。
「きゃあ!」
地面に叩きつけられる力は予想以上だ。クラリスと地面に挟まれた俺は、胸を強く打ってしまったようで、呼吸困難に陥った。
「ウッ……。ゴッハ……っ!」
涙と鼻水が垂れる。顔面の血とそれが混じって再び液体となり、ポタポタと地面に垂れた。
「逃げ……ろ」
それでも、俺は言う。
リーシェを見ると、彼女は倒れたまま首を横に振った。
「逃げろってんだ!!邪魔なんだよ!!」
叫んだ瞬間、オーク「ガアッ!」と声を上げ、俺の腹を蹴り上げた。俺は物理法則に則って数メートル空中を浮遊し、木に激突すると再び地面に叩きつけられる。当然クラリスもだ。
その姿を見たリーシェは、足を滑らしながらもなんとか立ち上がり、森の中へと消えていった。
「ゴッ……ガハッ!!」
やべえ。こいつはマジにやべえ。息が出来ない。あばら骨が折れているかもしれない。次にくらったら確実に死ぬ。そうなってしまっては、もうゲームオーバーだ。何とか、しなければ。
しかし、そんな俺の考えは無情にも破られる。ゴブリンは俺の腕に噛みつき、左肩の肉を思いきり引き千切った。
「ぐぁあああぁぁあぁあああああぁあぁ!!」
もはや左腕はないも同然だ。大きな口で半分以上をえぐり取られてしまっている。ゴブリンは、その肉をクチャクチャと音を立てて楽しんでいる。それは、味ではなく俺の苦しむ表情そ見ての愉悦なのだろう。余裕をぶっこいてサディスティックな気分に浸ってから、見下すように地面に吐き出した。
ぶ、ぶっ殺してやる!!
「がっ……っ!ちくしょお!!」
俺は右手で俺とクラリスを繋ぐ鎖をつかむと、それを持ってゴブリンに飛び掛かり、首に巻き付けて引っ張る。そして血まみれの左腕にゴブリンの首とは逆向きに縛り付けると。
「クラリスっ!!」
全体重を乗せて、奴を締め上げた。クラリスは俺の声になんとか反応すると、その細い腕で反対側から鎖を引っ張り、ゴブリンを支点に天秤のような形となる。
「ゴギャッ!」
断末魔をあげると、奴の首の骨がへし折れて喉仏が引き裂かれ、胃液と血液の飛沫が宙を舞った。
その様子を見ていたオークは、その巨大な体躯からは想像もできないような怯えた表情を浮かべた。
「て……、てめぇもぶち殺してやる。ウッ……ウォェ……っ。逃げるんじゃ、ねえぞ」
しかし、クラリスの体を引きずって歩くような力は、もうない。今際の強がりだ。……その時。
「グッ……。ギャッ!ギャギャッ!?」
突如、オークの背後から黒い煙が上がった。身に着けているからぶきに火が立っている。苦しそうに背中を叩いてからそれが届かないことを悟ると、今度は不規則に走りだす。その陰には、リーシャの姿があった。
オークに点いた火はゆっくりと体を焦がし、次第に身に着けていた衣服に燃え移る。すると、これまでの勢いは消え、瞬く間に体全体に燃え盛った。
「ウギャァーーーーーーーッ!!」
とうとう耐え切れなくなったのだろう。力尽きたように膝をつくと、オークは肉の焼ける臭いをまき散らしながら、音を立てて崩れ去った。
「……た、助かったぜ」
俺は、その一言を残して、気を失った。
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