第14話 激突、勇者戦

 亡霊レヴナントが木箱をどかして立ち上がると、勇者はそれに気がついて自分の後ろに女を隠す。



 「まだやるの?」



 その顔は、どこか苛立っているように見える。



 「……思い通りにならねえ事が、そんなにムカつくのか?」



 勇者の顔が歪に歪む。しかし、周りの少女たちが亡霊レヴナントに野次を飛ばすと、勇者は落ち着きを取り戻してニヤリと笑った。



 「変なこと言うね、あんた。どうして俺がそんな事思わなきゃいけないのさ」



 「別に、意味なんてねえよ」



 亡霊レヴナントは右手を握る。彼の雰囲気を察したのか、勇者は再び俊足で背後に周り今度は廻し蹴りを放った。しかし。



 「なにっ!?」



 勇者が驚いたのも無理はない。亡霊は瞬時にそれに反応し……、いや違う。彼は勇者の呼吸、姿、予備動作を見てそこに攻撃がくるのだと直感したのだ。予め放たれるであろう攻撃の軌道に防御を置き、そして防いだ。



 亡霊の死にたくないという強い想いは、彼の戦闘センスを磨いた。そして、それは敵の攻撃を見切る動作として日の目を浴びることとなった。



 十年間の戦いの中で培った経験と鍛え上げた体は彼の財産だ。使えるものは全て使い、ただ生きることを目的として生きてきた。たった一つしかないの彼の信念は、真っ白に純粋だ。



 そして、いつだって考える事を止めず、最善を尽くそうとする意識はいつしか無意識の中に芽生えた。無意識はやがて第六感を働かせ、そして刹那の見切りを生み出したのだ。これが、彼が生き残る理由の一つ。



 「くっ……」



 しかし、そのパワーは勇者の華奢な体のどこから湧いてくるのだろう。亡霊は脛で攻撃を受けて尚、空中に浮かされて後ろに飛んでしまう。両足で着地したとはいえ、骨の髄に残ったダメージは無視できるものではなかった。



 「あんた、なかなかやるね」



 勇者は余裕綽々よゆうしゃくしゃくに言う。次に彼は亡霊の真下に現れると、カチ上げるように躰道たいどうのエビ蹴りを顎に放つ。角度はほとんどない。これもおよそ人間のなせる動きではない。



 (わかってるッ!)



 亡霊は蹴りを見るより先に体を落とし、まだそこにいない勇者の顔面に拳を振り下ろす。



 当然、あるはずの顎に放った蹴りは空を斬り、勇者の体は勢いのままに地面からハネ起きた。その瞬間。



 「ぶぁっ!?」



 勇者の顔面に、亡霊の拳がめり込んだ。そのまま地面に叩きつけるように全体重を乗せると、地面と拳の間に挟まった顔面は、鼻血を吹き出してひしゃげた。



 「タクミさま!!」



 見ていた女たちが声を上げる。すかさず、その中の一人が前に手をかざした。すると、明るい緑色のオーラが彼女を包み、詠唱することで魔法を発動。その光は勇者に降り注ぐ。それを受けた彼はブリッヂをして亡霊の拳を跳ね除けると、三歩下がって体制を整えた。



 (そんなんありかよ)



 亡霊のその思考の後、勇者は「よくやった」と魔法を唱えた女を褒めた。



 「ちょっと油断したよ。まさか俺の体に傷を付ける奴がいるとはね」



 言葉の節々にプライドの高さが見て取れる。異常な程に余裕でいる事に固執する姿が、亡霊にとっては不思議でならない。



 「だから、少しだけ本気を出す。みんな、離れててくれ」



 言われて、女たちは散開。町の住民は皆家屋の中や道の端に寄って、戦いのフィールドは整えられる。



 「行くぞ!」



 勇者の声の瞬間、彼は手を前にかざして謎の言語を瞬時に詠唱し、黒い火線の魔法を放った。



 (これはっ!?)



 受ければ灰になりかねないと、彼の感覚がいう。亡霊は転がっていた木箱を蹴り上げて勇者の視界を塞ぐと、右に飛んで火線を避けた。そして、店の軒先に立て掛けてあった箒を手に取ると、藁の部分を折って槍のように構えた。



 その姿を見て、勇者は杖を頬ってまたどこかから細身のロングソードを取り出し、それを手に構える。



 「先に武器を持ったのはそっちだ」



 ならば魔法とは一体何なのか。亡霊はそう思ったが、思考を振り切って前に体を倒す。



 「遅いよ」



 一挙手一投足に口を挟む勇者は、亡霊の放つ槍術をいとも簡単に弾いて、まるで踊るように華麗な技を繰り出す。



 亡霊も竹を斬られぬように勇者の攻撃を受けている。しかし、そんな攻防も、長くはもたなかった。



 「それじゃあ、終わりにするよ。……スキル、『ヴェーチル・ストライク』ッ!」



 当たり前のように口にした言葉は、剣から斬撃を飛ばすトリガーとなった。ヴェーチル・ストライクは、空中を切り裂き生み出した真空からの衝撃を敵へ放つ剣技。スキルは魔法ではなく、言わば無法とも言える理から外れた技術だ。



 「ぐおっ……っ!」



 当然、それを竹の棒で防ぎきれるはずもなく。それどころか、予測すらできなかったその斬撃三発をまともに食らった亡霊は、店の窓から中に突っ込んで食事中のテーブルをブチ割り、派手に転がって壁に激突した。



 ガラスの入れ物が割れる音と、客の悲鳴が店中に響く。



 「これは……。やべえな……」



 そう呟くと、亡霊は気を失った。



 「すいません、お店壊しちゃって。これ、店の迷惑料と修繕費ね」



 律儀にドアから入ってきた勇者は、店主に声をかけて明らかに余る程の金を手渡した。



 「い、いえ!勇者様!こんなに受け取れません!それに、暴漢から少女を救ったのですから、あなたに非はありませんよ!」



 店主は言う。しかし、勇者はそれを聞かずに強引に金を押し付けると、何事もなかったかのようにパーティを引き連れて夜の道を歩いた。そんな中。



 「……あ、あなた」



 一人店の中に戻ったのは、亡霊にぶつかった少女。彼女は、気を失った彼に話しかける。



 「タクミと喧嘩するなんて、思わなかったのよ。その、……」



 言い淀んでいると。



 「レア?どこにいるんだ?」



 勇者のその声が届く。それを聞くと、彼女は亡霊に複雑そうな表情を向けてから、店から立ち去った。



 その後、亡霊はいつもの宿屋に戻ることはなかった。何故なら次に目が覚めたのは牢獄の中だったからだ。

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