第18話 亡霊のやり方
……。
朝がやってきた。
魔女たちが乗り物に乗り込むと、少年の狂気と愉悦の混じった声が辺りに響いた。
モモネミはそれを聞いて震え、鞄の中に閉じこもってしまう。
「……ここで待ってるか?」
「ううん。僕はレヴの仲間だよ。一緒に行く」
「なら、鞄から出るなよ」
「言われたって出るもんか!……でも、後ろの見張りくらいはするよ」
そう言って、妖精は自分の腰とバッグの金具に繋いだ粗紐を見せた。そして、発達した筋肉を見ると、モモネミはその逞しさに妙な安心感を覚えて、望遠鏡を抱いた。
「頼りにしてる」
状況開始。亡霊は結界ギリギリの場所まで近づくと、背負っていた剣と鎧を降ろして、その時を待つ。そして、魔女たちが動き出した。
「行くぞ」
魔女が三人で白い火を消した瞬間、亡霊は意を決して走る。結界は……ない。彼の目論見通り、あの結界は白い炎を中心に展開されていたようだ。魔物が同じ色の炎で燃えていたのを見て立てた仮説だったが、過去の戦闘で同じモノを見舞われた経験からそうであると決定付けていたのだ。
亡霊はまだ片付けられていない一番手前のテントに裏にナイフで切れ目を入れて忍び込むと、行為に及んでいた三人の魔女と二人の男の姿を確認する。すると、あっという間にダガーナイフで二人の魔女の首を切り裂き、最後の一人の首を絞めて詠唱を行わせないようにしてから腹に痛烈な膝蹴りを三発叩き込んだ。
「すごい……」
魔女は気絶して倒れる。全裸の男たちは、少年と同様に涎を垂らし目を虚ろにしている。血の臭いと、大きな壺で焚かれたお香の匂いが混じった耐えがたい香りが、テントの中に充満している。この香の正体は媚薬だ。亡霊は息を止めると、気配を殺してテントの入口にかけられているカーテンの横に待機した。
「いつまでやっているの。もう行くわ」
そう言って、白い炎を消した魔女の一人がテントのカーテンを捲って中へ入ってくる。
「ひっ!」
亡霊は、その光景を見て悲鳴を上げた魔女の眼球にお香の灰を掻く棒を突き刺し、視界を奪う。棒から手を離すと悲鳴を上げるより早く口を塞いで、脇に首を挟みその頸椎を折った。
物音が立つ。テントから帰ってこない仲間を不思議に思ったのか、別の魔女たちが亡霊の元へと向かってきた。
「あんた、兵士だろ?最後まで戦え」
言って、彼は寝そべる意識のない男を無理やり起こすと、持っていたナイフを持たせて蹴りを入れた魔女の腹に刺すように命令する。すると、命令されると何でも言う事を聞くように魔法を掛けられているのか、それとも残っていた最後の自我を保ったのか、男は膝をついて躊躇なくその魔女に何度もナイフを突き刺した。
(上等だ)
亡霊は入ってきた隙間からテントを出ると、影に隠れて向かってくる魔女を確認。数は二人。残りの総数は六人。黒髪の魔女を合わせれば七人だ。確認に来た魔女たちが助けを呼んだのを聞いて、今度は置いておいたアーマーを身に着け、剣を片手に崖の下を旋回して左に駆ける。
すれ違うように残っていた三人の魔女たちがテントへ向かう。その瞬間、ナイフを持った男がそこから飛び出し、奇声を上げながらナイフを振り回した。その様子を見て魔女の一人が魔法を詠唱すると、どこからともなく現れた雷が男を貫き、一瞬にしてその体を焦がした。
プスプスと音を立てて倒れた兵士を見て亡霊はその姿を忍ぶと、その思考のままにやぐらに剣を叩きつける。
「ぃいぃやッ!!」
雄々しい掛け声と共に放たれた一撃によって、簡易なやぐらは崩壊。更に乗り物に向けて倒れるよう蹴りで押し込むと、形を失ったそれはぐらりと揺れてから崩壊。木材が多目の魔物たちの上に降り注いだ。高さから、乗り物までは届かないと亡霊はわかっていた。
魔獣たちのこの世のモノとは思えない禍々しい鳴き声が木霊する。しかし、その姿は倒壊したやぐらの立てた砂埃によって姿が見えない。暴れて、少年と黒髪の魔女の乗る乗り物が激しく揺れる。
今度は砂埃の中を駆ける。そして亡霊は魔物たちの眼前に姿を現すと、繋いでいた紐を振り下ろす一撃で一刀両断。
「暴れてこいッ!」
物音と痛みに驚いて猛進する魔物は、四方に散って辺りを叫びと足音で包んだ。
状況を理解できず狼狽える魔女たち。そんな奴らを横目に乗り物へ一直線に向かう。踏み込んで剣で車輪をたたき割ると、手放してからボウガンに矢をセットして、扉を開けてその中へと侵入した。
亡霊の姿を見た黒髪の魔女は、まるで取り乱す様子もなく、妖しい微笑みを浮かべてから手をパチパチと叩いた。
「あなた、やるわね。お仲間は?」
「ここに」
そういうと、亡霊は返事を待たずにボウガンから矢を射出。魔女の脳天に矢が突き刺さると、更にそれを押し込んで脳みそを掻きまわした。
魔女は事切れ、体を折る。その姿を見て、ボウガンを腰に掛けて少年をそのままに車外へ出た。
外では残った二人の魔女が魔法を詠唱していた。魔獣は雷に焼かれて男と同様に黒く焦げているが、魔女の数を減らしてくれたようだ。……目線を読む。魔法はそこに。
(くるッ!)
バックステップで雷を避けると、剣を拾って魔女の一人へ駆ける。詠唱を始め、今度は魔女から直線に雷が放たれた。
「そんな……っ」
魔女がそう呟いたのは、亡霊が剣を横に構えてその攻撃を防いだからだ。絶望の表情をした後、魔女は無残にも切り裂かれた。
「ひっ……ひぃ!」
剣の先端を地面に置き、亡霊がたたずむ。その姿を見て、残った魔女は苦し紛れに魔法を詠唱。しかし、発音が正確でないのだろう。何も起こらず、焦りはさらなる震えを呼んだ。
「あっ……っ」
詠唱に必死で、飛来したその巨大な体にすら気が付かなかった魔女は、ザンッ、という音の後に首を無くした体を地面に倒して、脊髄反射によって死して尚震えた。
静寂。先ほどまでの鉄火場が嘘のように音が消え、焦げた男が握っていたナイフと剣を元の場所へ収めた亡霊は歩く。乗り物に乗り込むと少年を肩に担いだ。
「モモネミ、大丈夫か?」
「はらひれほら」
鞄の中を見ると、妖精は目を回して気絶していた。そんな姿を見て、亡霊は心の中で静かに謝るのだった。
一度少年を降ろして、死んだ魔女の着ていたローブを少年に被せたその瞬間。
「ひどいわね。いきなり殺すなんてあんまりだわ」
氷のような冷たく妖しい声が背後から聞こえる。そして、彼が気配を感じた時には既に遅く、左足を一閃の雷が貫いた。
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