第28話

 朝起きたら味噌汁の匂いはない。前日買っておいたらしいパンを軽く炙ってそこにチーズがのっている。アニメとかで見るめちゃくちゃうまそーなやつ。それを食べながら野菜スープを飲んで朝食は終わり。体が資本の軍の食事に比べたら質素。だけど、懐かしい味が五臓六腑にしみ渡る。

 父親は仕事に行くからと、なんだか慌ただしかったけれど、俺は忘れずにポケットから小さな袋を出した。


「仕送りしたかったんだけど、物騒だから」


 テーブルに置いた時の音で、何かは察してくれたようだ。


「お前は大丈夫なのか?」

「兵舎にいれば三食食いっぱぐれないし、ほとんど制服で過ごすから自分で買うものなんてないんだよ」


 そう言うと母親は嬉しそうに笑ってくれた。


「兵士になるって聞いていたのに、あの制服近衛騎士のものでしょう?」

「男前に産んでくれたから、引き抜かれたんだよ」


 おどけて言うと、ばしばしと背中を叩かれた。

 本当は王子付きの親衛隊にいるなんて絶対に言えないよな。近所から疎まれるに違いない。

 そういえば、コレットはそこそこいい服をきていたな。見せびらかしたかったのかな?なんて考えていたら、父親は仕事に行ってしまった。

 里帰り、とは言っても身軽に来てしまってので着替えなんてない。そもそも、この世界のファッションセンスが皆無なので、私服なんて着られない。そう、ゲーム内で俺が私服を着ていたのは、王子と下町を散策した時ぐらいだから、あの服しか持っていないわけだ。

 実家にあった服は、小さくてもう着られない。

 制服に帯剣で町中をフラフラしたら、普通に憲兵に話しかけられた。


「近衛騎士様が、なぜ、このような……」

「………」

「ファルシオン?」


 憲兵は驚いた顔で俺の名前を呼んだ。

 ああ、忘れてた。俺の本当の名前はファルシオンだった。実家でファルって呼ばれていたからうっかりしていた。

「あ、ああ」

 何となく、記憶にある。憲兵はたしか、幼なじみの親父さんだ。

 まいったな、この返事の仕方、ぞんざいで上から目線っぽくね?


「休暇で、ちょっと里帰りを」


 気まずい。

 まさか知り合いに声をかけられるとは思っていなかった。幼なじみたちは、仕事をしているから、昼間に声をかけてくる知り合いなんて居ないと思って油断した。憲兵がいたか。


「ああ、コレットちゃんも来てるらしいな」

「そうですね、一緒に来たので」


 なんか、話し辛い。

 久しぶりに会う幼なじみの親父さんだもんな。なんか、こう、似たような仕事をしているけれど、地方銀行対都市銀行みたいな、なんか、そんな感じの隔たりを感じる。


「孝行息子だなぁ」


 そう言って、肩を叩かれた。

 うん、良かった。これ以上会話続かないから。

 ゆっくりと町中をふらついて、適当に買い食いをした。子どもの頃は食べたくても食べられなかったのを、今食べてみて、憧れと現実を知る。多分だけど、王都でいいもの食べすぎたんだろうな。


 夜、明日の朝帰ると、話すと少しだけ寂しそうな顔はされたものの、俺からの手土産が有難かった。と素直に礼を言われて照れくさかった。

 幼なじみたちは、既に結婚したやつもいるらしい。だが、王都に行った俺にはそういうことは望んでいないらしい。まぁ、結婚されたら仕送りなくなるかもしれないもんなぁ。

 ゲームないでは、俺は結婚してなかったし、ハッピーエンドでも結婚はなかったんだよな。攻略対象が貴族の令嬢だったから。

 これは、親を喜ばせるためにも、十年以内には結婚できるように頑張ろう。



 翌朝、一番便の辻馬車に乗り込んだら、コレットが先にいて驚いた。

 コレットは、行きと違って小さなカバンしか持っていなかった。どうやらあの大きなカバンは全て手土産だったようだ。

 俺たち以外誰も乗らず、辻馬車はゆっくりと動き始めた。

 町を抜けて、街道を進み始めた頃、コレットが突然俺の隣に移動してきた。


「話があるの、聞いて」


 ものすごく真剣な眼差しに、俺は喉を鳴らした。急に緊張して口の中が乾いた気がする。


「ああ、いいよ」


 それだけ言って、唇が乾いた。


「前にさ、サロンで令嬢が倒れたじゃない?」

「ああ、そんなことあったね」


 あった、あったよ。だって、俺はゲームのイベントだと思って、真っ先にコレットを疑った。


「サロンの侍女が茶色い髪の侍女から渡されたって言ったんでしょ?」


 コレットは、俺のことを真剣に見ている。


「王子の親衛隊が直々に調べたって言われたのよ」


 コレットは、俺を咎めるような言い方をする。


「ああ、俺らが、介入しなかったら兵士が可愛い侍女たちに暴力振るいそうだったから」

「は?なに、それ」


 コレットが片眉を釣り上げた。


「兵士がさぁ、はなから侍女だけを疑って調べもしないでしょっぴこうとしたからさぁ」


 俺がそう言うと、コレットはため息をついた。


「軽そうな親衛隊が、適当に片付けたって、聞いたけど?」


 なんだ、その言い方は?


「あんたの事だったの?」


 だから、なんだその言い方は?


「随分語弊があるな」


 俺はちょっとショックだった。俺なりに一生懸命したのに、軽そうな?


「その事で、話したいことがあるの」


 いつになく真剣なコレットの顔に、俺も真面目な顔でむきあった。

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