第6話
王子の親衛隊にはなったが、基本的には先輩たちが王子に張り付いているため俺の仕事はほぼない。
とりあえず、鍛錬はかかせないので中庭で一人筋トレすることにした。
先輩に聞いたら持ち場を離れるわけじゃなし、王子に張り付くのは2人で充分らしい。って、ならなんで10人ちかくいるんだ?そりゃ、王女から嫌味のひとつも言われるよなぁ。
俺は汗をかくことを見越して、上着を脱いで鍛錬に入った。
王子の執務室からの中庭なので、俺の姿を見る人はいない。安心して訓練用の木刀を振り回し、壁の窪みを使って懸垂をしたり、割と自由に鍛錬が出来た。兵士の訓練だとメニューが決まっていて、ゆっくり丁寧に鍛えられないんだよな。
前世でやっていたジムのトレーニングを思い出しながらやると、なかなか汗をかき、筋肉にいい刺激を与えられたと思う。
喉が乾いたので、水を飲もうと少し離れた井戸に向かった。
誰かに見られると困るので、上着を肩にかけるスタイルで移動したのだが、この格好が意外にもも目についてしまったらしい。
親衛隊の制服は、ただでさえ目立つのに、素肌に羽織るだけって、何したあとなんだ?って感じだ。
日焼けした肌に、うっすら汗をかいているのが女性たちを刺激したらしく、井戸にたどり着いた時には後ろからの視線がかなり痛かった。
が、振り返る訳にはいかない。
後ろの廊下から俺を見ているのは、ご令嬢たちではなく王宮に務める侍女たちだ。
「仕事をサボっているのか?」
俺は思わずボヤいたけれど、彼女たちに聞こえるわけではない。井戸から水を汲むと、頭からかぶってみた。
うん、冷たいな。
でも、火照ったからだにはちょうど良かった。
そばに置かれていたコップに水を取り喉を潤していると、
「ちょっといいかしら?」
不意に声をかけられて振り返る。
そこには俺より頭一つ小さい侍女が立っていた。
「ああ、邪魔だったな」
俺は慌てて場所を譲った。
が、侍女の持つバケツを見て気がついた、これは汲んでやらねば。親衛隊たるもの、紳士に振る舞わなくては!
俺は井戸から水を組むと、侍女の持っていたバケツに水を入れた。七分目位でちょうどいいと思うんだよな。
「ありがとう」
侍女はわりとぶっきらぼうに礼を言って、俺に笑顔を向けてきた。が、
その笑顔が固まった。
その反応を見て、俺は瞬時に記憶をたどる。思い出せ、俺!この顔は誰だ?
「あなた、まさか?」
先に相手が気づいてしまった。まずい、まずいぞ。
この顔、そばかすの残る少し日に焼けた肌、サラサラストレートな栗色の髪、緑色の瞳。
こいつは確か、
「コレットか?」
慌てて思い出した名前を口にする。
なんで、ここで?このキャラの登場シーンはこんなんだったっけ?なんか、もっと違った気がするのだが、
「やっぱり、あなたファルシオンね」
とびきりの笑顔で俺の名前を呼ぶ。
同郷の幼なじみ、コレット。
攻略対象だ。
俺は、しばしコレットを見つめた。
なんで、ここにいる?
たしか、コレットの登場シーンはこんな井戸のそばじゃなくて、街中だったはずだ。貴族ではないコレットは、休みの日に街中で買い物を楽しんでいて、ゴロツキに絡まれる。そこをたまたま通りかかった攻略対象(男キャラに限る)に助けられる。王宮だと、大広間の床を拭いている最中にバケツを倒して、その水で攻略対象が転んで叱責されて、ってやつじゃなかったか?
俺が黙って水を渡すと、
「どうしたの?」
コレットが訝しんで聞いてきた。
うん、それもそうだ。幼なじみなのに、再会を喜びもしないのは不信だよな。
「えーっと、なんでここに?」
そう、聞きたいのはこれ。なんでここにいるんだ?っ事。
「あなた聞いてないの?」
なんの事だ?さも知っていて当然な言い方はなんなんだ?
「やっと学校を卒業して、配属されたばかりでね。世間からだいぶ隔離されていた」
転生したばっかりで、この世界のことなんてほぼ知らねーよ。なんて、言ったところでどーしよーもないよな。
「手紙も書いてなかったの?」
「国軍の学校だ、手紙を書くのにも検閲がある」
「そ、そうなのね」
コレットはなんだか済まなそうな顔になり、少し考えた後に俺をじっとみた。
「教えてあげる。よく聞いて」
そう言って、一息空ける。
「不作だったの。虫が大量に発生して、作物が食べられちゃったの。納める分はまけてもらったんだけど、それでも私たちが食べていくのは大変なぐらい」
なるほど、凶作というか、害虫による被害で取れ高が大幅に減った。口減らしのために働ける女は外に出された。って、ことか。
俺の家はもともと俺が学校に出ていたもんな。しかも、学費がかからない国軍の学校。この間初めて仕送りをしたんだっけ。
「そうだったのか」
「でも、あんたのとこは…」
コレットは俺の事を上から下まで眺めて、
「あんたのその格好、随分とお給金いいんでしょ?」
ニカッと笑って、コレットは俺に擦り寄ってきた。
まずい、これはフラグがたったかもしれない。
「配属されたばっかりだから、知らねーな」
そう言いつつ、俺はコレットのバケツを持ってやった。
「どこまで運ぶんだ?」
「あ、ありがとう」
一応、上着をきちんと着てから、コレットの言う場所までバケツを運んだ。場所はゲームの登場シーンと同じ大広間だった。
「バケツをひっくり返したり、床をびしょびしょのままにするなよ。高貴な方々が歩くんだからな」
俺はそう言うと、踵を返して歩き出した。
「あ、ちょっと待ってよ、ファル」
コレットが慌てて俺を呼び止めた。が、
「その名前で呼ぶのはやめろ。その名前はもう俺じゃない!」
できるだけ冷たく言ってやった。
何しろ、コレットが絡むとロクなルートにならないのだ。地方領主の娘であるコレットは、本人も言った通り、不作による口減らしののため、働きに出された。田舎にいた時は領主の娘であることも手伝って、誰よりもモテていた。それがここに来て自分が井の中の蛙で、あったことを思い知らされる。しかしながら、コレットはあざとい。どうやったら上手く立ち回れるのかを知っていて王宮内で出会う貴族たちを手玉にとって行く形でルートが進む、ちょっとえげつないキャラになっていた。
そんなわけで、バットエンドに絡まれたくないから、幼なじみで本当は仲良くしなくちゃいけないんだけれども、俺はそのフラグをへし折ることにしたのだ。
攻略対象コレットには関わらない。
「どういう意味よ」
傷ついたような瞳でコレットが俺を見ている。が、ゲームのコレットを知る俺からすれば、それさえも演技として見てしまう。
「そういう事だ。お前に教える義務はない」
俺はそのまま振り返らずに大広間を後にした。
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