第5話

 兵士長グッジョブとか思っていたのに、なぜか俺は王子の御膳にいた。

 なぜ、こうなったんだろう?

 俺は内心頭を抱えていた。


「お前、名前は?」


 椅子に座って足を組んだ状態の王子が、気だるげに俺の名前を聞く。ああ、こんなセリフもゲームにあったよな。王子は必ず言うんだよ、これ。


「はい。ファルシオンと申します」


 俺は頭を下げたまま答えた。高貴なるお方の顔を見るなんて不敬にあたるからな。


「大層な名前だな」


 不機嫌そうな声で言われると、何だか自分が悪いような気がしてくる。


「祖父がつけました」


 なんだかよく分からないけれど、言い訳をしてしまう。これが王子マジックなんだろうか?よく分からないが、自分を卑下してしまう。


「ふむ」


 何やら考え込む仕草をして、手の甲を顎にあてている。その姿がまた憂いを帯びて、 背筋がゾクゾクするのだ。殺されるかも……なんだかよく分からないが、気分ひとつで殺されるかも。そんな予感しかない。


「お前は今日からシオンだ」


 え?なんつった?なんだって?

 俺が返事もしないで黙っていると、咳払いが聞こえた。あ、ああ、そうか、俺の事なんだ。


「名前を賜りまして光栄にございます」


 ってー!!!

 ちがーうー!!

 そ、その名前は、その名前はダメなやつ。


 ダメだ、その名前は、だって、その名前は、

 攻略対象の、名前じゃないか!


 やばい、俺、攻略対象になっちまった。



 親衛隊の制服に袖を通し、マジマジと鏡を見る。

 どー考えてもモブの顔なんだが?


「自惚れているのか?」


 後ろから、先輩の冷ややかな声がした。

 うう、こええよ。いびられるフラグしか立たねぇ。王子のお気に入りだけを集めた親衛隊に、俺みたいなのが入って、しかも、名前まで貰ったなんて、絶対恨まれてる。


「華やかな親衛隊に、俺みたいなのが入っては評判を落とすのではないでしょうか?」


 ほんとに、王子はどーかしちまったんじゃなかろうか?俺は田舎出身の平民兵士だったはずなのに、なんで王子の目に止まったかな?こんな平凡な顔、好みじゃないだろう?


「お前、随分と自分を過小評価するのだな」

「先輩たちに比べたら、俺なんて地味な顔してるし、日に焼けて肌も黒いし、なにより、ガサツなのに…王子を、不快にしかしないと思うんですけどねぇ」


 ふかーいため息をつくと、後ろからドンっと鏡に両腕が着かれた。


「!?」


 驚きのあまり身動きが取れないでいると、俺より頭一つ程大きい先輩は、鏡に移る俺に向かって、


「自分を、卑下するのはやめろ。お前を選んだ王子を侮辱することになる」


 鏡越しにみる先輩の顔は怖かった。かなり怒っているのが分かる。


「っ、すみません」

「分かればいい」


 で?この体制はだいぶ誤解を招くと思うのだが?背後からの壁ドンならぬ鏡ドンだぞ。俺、逃げられないじゃん。

 俺が困って鏡越しに先輩を見つめていると、


「ふっ、すまん」


 ようやく手を離してくれた。あーー、よかった。

 俺はモブで生きて生きたいんだ。攻略対象にはなりたくない。だからこそ、他の攻略対象に極力会わないようにしたいんだ。

 でも、王子の親衛隊になっちまったんだよなぁ。そもそも王子が攻略対象だし、王女もそうだ。ここにいるだけで平穏無事に過ごせるとは到底思えない。

 それに、ここにいる先輩たちは、どっちなんだ?本気で王子の愛人なのか、職業なのか…本当に親衛隊なのか。真相が分からない以上迂闊な言動は出来ない。


「あの、ちゃんと着れてますか、俺?」


 昨日まで着ていた兵士の軍服と違い、親衛隊の制服は洗練されたデザインで、俺のモブ顔だと、確実に負けている。


「まだ服に着られている感はあるが、日焼けした顔が様になっているぞ」


 お褒めの言葉を頂いてしまった。


「ありがとうございます」


 攻略サイトの編集者が、攻略されるわけにはいかないんだ、頑張れ俺!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る