第4話

 午前中は訓練が受けられるものの、午後にサロンが開かれると俺はひたすら迷子のご令嬢の相手をする日々が続いた。

 どうせ俺は地方出身の平民新米兵士だ。配属先は下町の詰所辺りになるだろう。そうすれば、貴族のご令嬢たちとは二度と会うこともない。

 そう、たとえ攻略対象であったとしても、アンリエッタとはもう会うこともないはずだ!

 とにかく王宮から離れさえすれば、攻略対象たちからも離れられる。そうすれば、破滅エンドに巻き込まれることもなくなるだろう。

 なにせ、令嬢たちの破滅エンドは、地方領主へ嫁がされる際、または幽閉される際に、盗賊や暴漢に襲われて死亡と言うのが多い。描かれた挿絵の記憶にある限り、兵士が数名一緒に死亡しているのだ。モブの兵士のまま城にいたら巻き込まれる可能性がある。そんな死に方はしたくない。

 そしてなにより!男の攻略対象に巻き込まれてのBLエンドも回避できる!俺は可愛い女の子が好きだ。前世で結婚した嫁さんみたいな子と出会えれば嬉しいが、この世界ではかなりの高望みだろう。

 前世の記憶がある俺は、自分が同性婚をするのに抵抗がある。同性を嫁さんに出来る自信がないのだ。その逆も自信が無い。もしかすると、時が解決するかもしれないが、今はまだ無理だ。

 早く配属されたい。

 出来れば地方がいい。王宮から離れたい。

モブの巻き込まれエンドを回避したい。



 そんなことを願ったからだろうか?

 毎度お馴染みの迷子令嬢をサロン付近まで送り届け、膝をついて見送っていたら、誰かの気配がした。しかも、女性ではなく、明らかに男性の地位がありそうな人物だ。

 なにせ、お供がいるのだ。しかも、複数。


「お前か、最近サロンの令嬢たちの噂になっているのは」


 不機嫌そうな声色だが、耳に通りのいい質の良い声だ。


「なんのことでしょう?」


 俺は、あくまでも素知らぬ振りをした。サロンの令嬢たちの噂になっているなんて、俺は知らない。

 いや、先輩兵士に聞いたけど。デビューしたてでもないご令嬢がわざと迷子の振りをして、わざわざ俺の近くに現れている。と言うことを。そして、違う兵士がいくと、「あなたじゃないわよ」と冷たく言われる。と言うことを。

 だがそれは、ご令嬢たちの新しい遊びなのだ。相手をしなくてはならないのだ。


「知らぬわけはあるまい。こうも毎日令嬢がこの王宮で迷うはずがない」


 明らかに高貴なこのお方は、俺を断罪したいのか?こんな新米兵士がご令嬢をたぶらかしているとか、そう言う事をいっているのかな?だとすると、濡れ衣なんだが…しかし、口答えは出来ない。俺はしがない地方出身の平民新米兵士だ。

 いや、まてよ。もしかすると、風紀を乱すとか言って、地方に配属されるかも?それならラッキーなんだが。


「顔上げろ」


 高貴な方ではなく、そのお供が俺に命令をする。うーん、なんか、かなりヤバいかも。

 言われた通りに顔を上げると、キラキラ衣装の上にこれまたキラキラした顔があった。


 攻略対象!


 ヤバい!ヤバいぞ。このゲームで一番厄介な攻略対象に見つかった。


「王子の御前だぞ、名を名乗れ」


 いらただしげにお供が言う。あ、やべーな、お供は親衛隊だわ。制服で分かるじゃん。俺、地雷踏んだわ。つか、顔がよく見えないけど、王子と親衛隊って事は攻略対象が二人同時に出てきちまった。


「はい、申し訳ございません。自分は」

「お兄様、それはわたくしが先に目をつけましてよ」


 俺のセリフに、被せる形で乱入者が来た。

 んー、このセリフ知ってるぞ。たしか、王女デリータの登場シーンでのセリフだ。

 って、攻略対象が三人も。王子、王女、そして、親衛隊。多分、王子付きの親衛隊が攻略対象だったから、顔を見るまでもなく、さっき命令してきた方が攻略対象と推測する。

 やめろ、やめてくれ!俺は平穏無事に過ごしたい。つか、王女よ、俺は攻略対象ではなく、モブなんだが。


「ほう、デリータこの者を自分のものだと?」


 王子が片眉を上げて小馬鹿にするように王女を見ている。


「そうですわよ。先程もエスコートさせました。私の日課にしていますの」


 ん?先程?日課?なんのことだ?


「お前は毎日こんな新卒兵と戯れているのか?一国の王女であるぞ、恥ずかしいとは思わないのか?」


 王子が王女を、叱っているようだ。が、


「あら、そう言うお兄様は毎日違うお供をお連れですのね。楽しそうです事」


 扇で口元を隠しながら、なんだか嫌味なセリフを吐いている。うーん、ちょっとまてよ。やっぱり王子の趣味は公認なのか?


「こいつらは親衛隊だ、顔ぶれが違うのは交代の時期だからだ」


 なるほど、親衛隊も春になると人事異動があるのか…って、それじゃあ警備が手薄になるじゃねーか。いいのか?それで。


「飽きたらポイ捨てなさるのですね?まぁ、令嬢に手を出して種を撒かれるよりは安心ですものねぇ」


 って、王女が俺を見る。やめろ、俺を巻き込まないでくれ。俺はモブなんだ。


「デリータ王女に置かれましては、このようなものに興味を抱くのはいかがなものかと」


 お供が進言をする。


「あら?お兄様のお遊びは許されてわたくしのは咎められますの? 言っておきますけど、そのものはサロンの令嬢たちの癒しですのよ?」


 王女は進言したお供を睨みつけた。

 そりゃまぁ、非公認だけど愛人みたいな親衛隊に言われたくはないでしょうね。王女は本当に遊んでいるだけで、王子のは火遊びだからな。


「お取込みの所を申し訳御座いません」


 この緊迫した場面をバッサリ断ち切る人物が来た。


「兵士長か、なんだ?」


 王子が、だいぶ不愉快そうな顔をする。


「申し訳御座いません。そこにいる兵士なのですが、なかなか戻らないので探しに来た次第でございます。これから配属先を決めるための試験があるもので、その…よろしいですかな?」


 兵士長、グッジョブ!俺の救世主。とにかく一刻も早く俺を攻略対象立ちから引き離してくれぇ!

 俺は王子たちの後ろを、素早く回り、兵士長の脇に着いた。


「失礼致します」


 兵士長が頭を下げるのに合わせて、俺も頭を下げると、兵士長が歩き出してから回れ右をして後を付いて退席した。

 ああ、良かった。あのままだったら、攻略対象に何をされていたことか。本当に良かった。なにより、名前を名乗らずに済んだのが大きい。不敬に当たるかもだけど、名乗るタイミングを潰したの王女だしな。

 って、王女のことそんなに毎日お見送りしてたのか?俺は。まぁ、とにかく顔を見ないようにしていたからな。「わたくしを覚えていないですってぇ」とか叫ばれても仕方がないよな。

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