第3話

 中庭に戻ると、先輩兵士が待ち構えていた。俺は怒られるのかと思ったが、


「中々上手にご案内出来たみたいだな」


 意外にもも褒められた。まぁ、伊達に元の世界で結婚していたわけじゃない。基本在宅勤務だったから、育児もしてたし、家事全般もちゃんとこなしていた。共働きだったからな…ふぅ、俺がいなくなってどんな生活をしているのか、ものすごく気になるけど、この未練は断ち切らなちゃいけないんだよな。

 今の俺は、18歳の新卒兵士だ。田舎の両親に仕送りができるよう働かねば。


「お褒めに与り光栄です」


 俺は、ガバァっと、頭を下げた。よかった、褒められた。


「ちゃーんと狙ったのか?なかなかやるなぁ」


 続く言葉に不安になった。


「へ?」


 俺は間抜けな声を出して、先輩の顔を見た。


「なんだ、しらんでやったのか」


 先輩は笑っているが、俺にはなんのことだか分からない。いや、待てよ。まさか、俺は、うっかり攻略対象に、近づいちまったのか?


「あ、あの、まずい人でしたか?」

「いやぁ、ある意味優良物件かなぁ、なにせ、エトワール子爵令嬢アンリエッタ様だからな」


 攻略対象じゃねーー!よし、俺グッジョブ!!

 あれ?でも、なんか引っかかるんだよなぁ?


「エトワール子爵、令嬢?」


 俺は疑問をそのまま口にした。なにか引っかかる。

 なんだろう?すごく気持ちが悪い。俺の知識とどこかズレがある。


「お、それは知ってる反応か?そーだよ、もう時期伯爵令嬢になるからな」


 それだぁ!

 それだよ、その違和感だよ。爵位だ。エトワール伯爵令嬢アンリエッタだ。 って、ことは……

 やっちまった、攻略対象だ。



 とにかく、攻略対象には近づかないをモットーに生きていこうと誓ったにも関わらず、俺はいきなり当たりを引いてしまった。が、大丈夫。そもそも、俺はモブである。これ以上関わらなければまきこまれることはないだろう。

 そう、思ったのに、なぜ…


「なにかお困りでいらっしゃいますか?」


 少し離れた場所から声をかけ、膝をつく。今日もご婦人が中庭で迷子である。俺は、この後ろ姿に見覚えがあった。アンリエッタだぁ!なんで、二日続けて迷子になるんだよぉ!


「あ、あの…ごめんなさい。その…」


 アンリエッタが息を飲むのが分かった。目の前で膝をついている新米兵士が、昨日と同じだということに驚いているのだ。

 だが、それはこちらも同じだ。


「かしこまりました。ご案内を致します」


 俺はもう、嫌だった。

 なんでだよ!なんで、迷子になる!方向音痴なのか?方向音痴なんだな!

 が、怒りの態度は見せてはいけない。

 昨日とほぼ同じルートで案内をすると、昨日と同じように見送った。


「お、色男、気に入られたな」


 先輩兵士にからかわれたが、陽気にのるわけにはいかない。なぜなら、攻略対象は一歩間違えたら破滅エンド一直線だからだ。とにかく関わっては行けない。


「ご令嬢は俺の事なんて覚えちゃいませんよ」


 そう言って肩をすくめた。関わっちゃいけない。





「モテモテだなぁ、色男」


 数日後、俺は兵舎の食堂で先輩兵士にからかわれることになる。

 なぜなら、アンリエッタ以外のご令嬢も迷子になるからだ。毎日毎日、迷子のご令嬢が続出するのである。


「勘弁して下さい。今日は13人もいたんですよ」


 こんなに居て、俺の午後はご案内係で終始してしまったのだ。確かに、サロンの賑わうのは午後のお茶会。それに合わせてご令嬢たちが王宮のサロンにやってくる。そして、なぜか迷子が続出するのである。


「仕方がないさ。春だからな」


 先輩兵士がそう言うと、周りから労いの肩たたきか開催された。肉体労働より、気遣いによる疲労でぐったりしている俺は、なすすべなく叩かれまくる。


「なんなんすか?」


 俺はもう、顔を上げる気力がなかった。


「社交界にデビューしたご令嬢が、顔を売るためにやってくるのさ。だから、不慣れで迷子になるんだ」


 ほーほー、新人さんなわけですな。って、俺だって新人なんだけどなぁ。

 でも、そんな愚痴は聞いては貰えないものだ。なぜなら、俺はしがない地方出身の平民新米兵士で、あちらはご立派な貴族のご令嬢。してもらうのが当たり前の立場なのである。


「お前、ほぼ狙われてるからな」


 真顔で団長に言われて、周りから冷やかされた。


「なんでですか?」

「そりゃお前、遊び相手にするなら若くて見目の良い奴にするだろう」

「遊び相手?」

「暇つぶしの相手だよ。どうせあと1ヶ月もすればどこかに配属される若い兵士なんだ。遊んで終わりさ」


 上流階級の暇つぶしとは、迷惑な話である。が、それも受け入れなければならないことである。

 俺は深いため息をついて、夕飯を食べた。

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