第14話
調書は書き終わったけれど、該当する明るい茶色の髪をした侍女を探さなくてはいけないため、ミリアはこの部屋に留まることになった。
もしかすると、命を狙われるかもしれないからだ。
しかし、ミリアが『茶色い髪』と言ってくれたのは良かった。侍女の中で該当する侍女を取り調べるか、いっせいに排除するか、決めるのは俺じゃないが、少なくともコレットがそこに引っかかるのは確かだ。
俺は肩を抱いた体制のままのミリアを見た。
小さくて可愛いと思う。庇護欲はそこそこ掻き立てられるかな?
「この可愛らし手が、汚れていなくて安心した」
ミリアの手を取り、指先にそっと、唇を落としチュッという音を立てると、ミリアの頬が朱に染まった。
やはり、男への免疫はなさそうだ。
握った手を離さないまま、肩に回した手で顎を撫でると、そのまま少し上向きにして、
ダンっ
そこそこデカい音が室内に響いた。
そういや、すっかり、忘れていたが、もう1人この部屋にいたよな?
俺は体でミリアを隠しながらゆっくりと後ろを向いた。
本当に忘れていたので、背後にいる人の顔が怖い。
なにせ、咳払いではなく、足踏みで威嚇してきたのだから。
「どうなされましたか?デリータ王女?」
俺はとりあえず笑顔を向けて見た。
さっきまでミリアに向けていたのと何ら変わらない笑顔を。
案の定、デリータは冷ややかな目、というか、だいぶ怒っている様な顔をしている?
「私はいつまでここに入ればいいのかしら?」
王女である自分をいつまで拘束しているのか。自分をないがしろにしているとの抗議。 に、見せかけた俺への文句。ミリアをやたらと可愛がるから、だ。もう、それがよく分かる。
分かる。
王女だもんね、チヤホヤされるのは自分だよね?
「デリータ様におかれましては、誰かに狙われるような心当たりは?」
俺はさりげなくミリアを抱き抱えたまま、デリータに尋ねた。
「どういう意味よ?」
デリータは片眉をピクリと上げた。
どこぞの令嬢たちと違って、デリータは王女である。王位継承のある王子を狙う令嬢たちと争ってなどいない。むしろ王族であるデリータをどこの貴族が輿入れさせるか。そちらの争いの方が大変だろう。なにしろ、デリータが産んだ子は王家の血を引く。万が一が起きた場合、男子だったら国王の座に座らせることも可能になる。野心のある貴族なら、デリータを是非とも娶りたいわけで、陥れたいなどとは思わないはずだ。
「私を陥れる理由があるものはいないのではないかしら?」
デリータは睨みつけるように俺を見る。自分に落ち度があるとでも言うのか?と責める目付きだ。
「でも、あなたの侍女が狙われた」
俺の腕の中でミリアがピクリと震える。
「間接的にあなたを陥れたい。と思うものがいないとは言いきれない」
「どういう意味よ?」
「放っておけばいずれ嫁入りしてくれるのに、わざわざこんなわかりやすい嫌がらせをしてくる者がいたんですよ」
ちょっと嫌味な言い方だが、こう言わなければ理解しようとしないだろう。
俺は知っている。
ゲームでコレットは、側室になるために邪魔な令嬢たちを排除していった。つまり、攻略対象の令嬢たちは軒並み破滅させられたのだ。コレットに絡まず攻略対象のルートに乗れれば問題ないが、コレットが絡んでから攻略対象のルートに乗った場合、必ずコレットからの妨害がある。
王宮に出入りしていると、嫌でもコレットが絡んで妨害されるのだ。コレットは地方領主の娘で、令嬢と言うには身分が低い。単なるお邪魔キャラなのだが、プレイヤーがコレットだった場合、令嬢の攻略対象たちがもれなく悪役令嬢として立ち塞がってくれる。
つまり、コレットにされた妨害を、令嬢たちが余すことなく再現してくれるのだ。身分の差を遺憾無く見せつけながら。プレイヤーがコレットの場合、悪役令嬢の数が多すぎて心が折れそうになるのだ。
そんな記憶がある俺だからこそ、こんな考えにたどり着くのである。
将来的に邪魔になりそうなものは排除しようとする動き。
デリータが産んだ男子が万が一でも王位継承権をもつ。と言う可能性を潰す。
妃になれないコレットが、自分が側室になるために王女をはめようとしている。
その第一弾が、このサロンの食中毒イベントだ。
これは不特定多数の令嬢を陥れる為の罠。
王宮のサロンでこんなことが起きた。と不安にさせ、疑心暗鬼にさせる。誰でもいいから潰しにかかった。ただそれだけなのだが、偶然なのか、必然なのか、デリータがかかってしまった。
デリータの侍女が疑われれば、当然主人であるデリータも。暗殺を企む王女だと悪評がたてば、貴族たちはデリータを欲しがらない。
政治の駒として、外国の貴族に嫁がされる。と言うのをコレットは狙っているのだ。今のところそういう話はないけれど、事が起きればそんな話が出てきてしまうだろう。
「後宮に妹姫がいるのも嫌。って思う人がいるのね」
俺が返事をしなくても、デリータは納得したようだ。王族に産まれた以上、敵が多いのは仕方がないことだ。
「この時間じゃ後宮に戻れないわ」
時計をチラリとみて、デリータはため息混じりに呟いた。
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