第13話

 前世でも、今世でも、初めての取り調べをするべく、俺は下を向いてしまっている侍女の傍らに膝を着いた。

 女の子には優しくしないとな。

 一方的に叱りつけるのは良くない。まずは話を聞いて、それからだ。

 何よりも、王女であるデリータが見ている。

 が、俺は攻略対象だ。時には砂糖を吐くことも辞さない。


「まずは、名前を聞いてもいいかな?」


 膝の上で指先が白くなるほどスカートを握りしめるその手にそっと触れながら聞く。


「俺の名前はシオン。この王宮で親衛隊をやっている」


 先に自分が名乗ることによって、相手に安心感を与える。迷子の扱いと一緒だ。俺が誰だか分からなければ、話をすることだって拒否するだろう。そう、あの騎士たちのように、特権階級意識の高い連中は、名乗りもしないでこの子を怒鳴りつけていたことだろう。


「ミリア」


 消え入りそうな程に小さな声で答えが帰ってきた。


「ありがとう、ミリア」


 質問に答えてくれたから、お礼を言う。基本だ。


「ミリアの、お仕事は?」


 俺は親衛隊と名乗った。


「侍女を、デリータ様付きの侍女をしてます」


 小さな声は、怯えているようで庇護欲を掻き立てられた。どうしても守りたくなる。もしかすると、この感情はゲーム補正かもしれない。なにしろ俺は攻略対象だから。


「今日は何をしていたの?」

「……」


 ミリアは答えない。

 何をしていたのか、もちろん、知っている。

 サロンで給仕をしていた。

 それにら何かがもられていて、ご令嬢の1人が嘔吐した。

 単純に食中毒かもしれない。

 紅茶を淹れたお湯が、きちんと沸騰していなくて、生水に近かったかもしれない。

 いずれにせよ、給仕をしていた侍女が疑われるのはしかたがないことだ。


「給仕のワゴンはどこからもってきたの?」


 ミリアの手を取ると、かなり冷たくなっていた。俺は両手でそっと、包み込んだ。


「教えてくれるかな?」


 下から覗き込むようにミリアの顔を見る。下にした手で、ミリアの手のひらを撫でてみる。よく使う手は、反応がいいはずだ。

 ミリアの体がピクリと反応して、俺を見た。

 取り調べのはずなのに、随分と不謹慎なことをしていると、我ながら思う。

 手を引っ込めようとするミリアだが、生憎俺の方が力が強いし、何よりも、両手で包み込むように手を握っているので、ミリアは俺の手から自分の手を逃がすことは出来ない。


「あ、あの…」


 ミリアは俺を見て、扉のそばに経つ書記を務める同じ制服の親衛隊をみた。


「あっちのほうがいいの?」


 俺はミリアを見つめる。俺よりも、あっちの方が好みなの?って。

 ミリアは慌てて首を横に振った。


「よかった」


 俺はにっこりと微笑んで、ミリアの手を少し強く握った。包み込むようにして、ゆっくりと手のひらを撫でる。

 分かっている。ミリアは取り調べで俺にこんなことをされて驚いているのだ。だから、扉のそばにいる同じ制服に戸惑いの目線を送ったのだ。けれど、傍から見れば俺はただ手を握っているようにしか見えない。

 これでも、中身は36歳の子持ちのおっさんである。それなりに口説き方は心得ているつもりだ。前世は決してイケメンではなかった。だからこそ、口説くということがとても重要だった。

 ミリアは見た感じ俺よりも年下な気がする。デリータに仕えているわけだから、男性との接点はほぼないはずだ。

 だからこそ、こんなことはされたことが無いはず。

 ゲームと同じようにコレットが裏にいるとしたとしても、コレットは何かもっと直接的な誘惑をしたはずだ。

 デリータから聞いた話だと、ミリアは孤児院の出で、その孤児院は王家縁の教会が経営しているとの事。つまり、ミリアの後見人の最大値は国王になる。

 コレットがそこまで分かってミリアを誘惑したかは、ゲームでは語られていなかった。だからこそ、


「俺に、教えてくれないかな?」


 掌から手首にかけて、ゆっくりと撫でる。よく働く手なら、尚更効くはずだ。


「今日は、この手は何をしたのかな?」


 両手でミリアの右手を包み込み、そっと撫でる。あくまでも優しくソフトに。

 ミリアは、自分の右手を凝視している。かつて経験したことの無い感触に戸惑っているのだろう。


「さ、サロンで給仕をしました。 私が、しました」


 ミリアは、そう言うと唇を噛んだ。これ以上は言わない。話さない。そういう言った決意の表れかもしれない。が、それ以上を聞くのが俺の仕事である。


「そう、給仕をしたんだ。美味しい紅茶を入れた?」


 俺は話しながらもミリアの手を撫でるのをやめない。ミリアは、俺を視界に入れたくないのか、顔を精一杯逸らしている。そのせいでうなじが丸見えになっているとは思わないのだろう。

 俺に手のひらを撫でられ続けているせいか、ミリアのうなじはほんのりと色づいている。


「血が出るよ」


 俺はミリアの唇にそっと手を出した。人差し指で噛み締める唇を優しく開く。

 驚いたミリアが目を見開いて俺を見る。その目を見たら、嗜虐心がそそられてしまった。


 もっと、したい。


 ミリアが抵抗しないのをいいことに、俺は指をそのままミリアの口内に滑り込ませた。

 緊張しているのせいなのか、ミリアの中は乾いていた。少しカサつく舌を指で撫でると、ピクリと反応をする。

 驚きと恐怖の入り交じった瞳が俺を凝視しする。

 こんなことをするのが久しぶりすぎて、ふいに気分が高揚してきてしまった。やっちゃいけないと分かってはいるけれど、ゾクゾクとした気持ちが落ち着かなかった。


「可愛いお口で、ちゃんと答えて欲しいな」


 ミリアの口内に、入れた指をゆっくりと動かして、歯列をなぞってみる。エナメル質の歯の感触が生々しくて、俺は自分の唇を舐めた。

 視覚と触覚に初めての刺激を与えられたミリアは、俺を凝視したまま動けなくなっていた。


「可愛いお口だ。嘘はいけないよ」


 人差し指を、口内で動かし、歯列をなぞる。親指が唇をなぞる。皮膚が薄いから、刺激は強い。

 乾いていた口内は、徐々に潤ってきた。人差し指が滑らかに動く。

 俺の指を噛んではいけないと思っているのか、ミリアは大人しく俺の指を受け入れている。


「教えて、ワゴンはどこから運んだの?」


 そう言って、ミリアの唇から手を離す。人差し指を引き抜く時に湿った音がした。その音にミリアの肩がふるえる。


「…あ、あの…」


 ミリアの喉がひくつくのが分かる。飲み込んでいいのか分からなくなっているのだろう。


「飲みな」


 低い声でそう言うと、ミリアの喉が上下した。目線を合わせて微笑むと、ミリアの頬に朱が走る。そんなことでさえ恥ずかしいなんて。


「ワゴンは…」


 そこまで言って、ミリアは喘ぐような呼吸をした。言いたくない。けど、言わなくてはいけない。そのせめぎあいに戸惑っているその顔がいい。


「ワゴンは?」


 言葉を繰り返す。耳元で囁くようにすると、耳朶が赤くなった。


「渡されてっ」


 ミリアの体が固くなった。言ってはいけないことを言ってしまった。その仕草は何かを隠している。


「ちゃんと教えてくれないと、おしおきをしないといけなくなるよ」


 俺の言葉にまたミリアの肩がピクリと震えた。

 おしおきをどう捉えたかは、本人の自由だ。


「ワゴンは、ろ…廊下で、渡されてっ」


 震える唇も可愛らしい。怯えて瞳が潤んでいるのも、またいい。


「誰に?」


 今度は正面からでなく、肩を抱くように後ろから手を回し、震える唇に人差し指を添えた。


「教えて、誰に渡されたの?」


 唇の中心に人差し指の先端をあてがって、軽く叩く。たったそれだけの事で、初心なミリアは硬直してしまった。


「この可愛い手がいけないことをしたなんて、思えないなぁ」


 反対の手は、ミリアの手を撫で続けていた。もうこんなのは無意識ででこること。神経の張り巡らされた手のひらと、皮膚の薄い唇を刺激されて、経験値のないミリアは対処しきれずに大きく目を見開いて俺を見つめるだけになっていた。


 落ちたかな?


「教えて?」


 もう一度、人差し指を唇に押し込もうとした時、ミリアが弾かれたように口を開いた。


「分からないの。名前、知らないの」


 切羽詰まったその言い方は、嘘には聞こえなかった。


「その子も侍女だった?」


 ミリアは黙って頷いた。


「髪の色は何色だった?」


 唇に当てていた手を、ミリアの髪に移動させる。よく梳かれた髪は、俺の指をするりと抜けていく。が、その感触がミリアを、刺激した。

 怯えたように首を竦めると、それでも俺の腕の中から逃げられずにギュッと目を閉じる。


「茶色い…」


 目を閉じたまま答える。俺は髪を触るのをやめていないので、これでは余計に俺の手の動き感じるだろう。


「ミリアみたいな?」


 耳元で囁くように言って、髪の一筋にキスをする。それを敏感に感じ取ったのか、ミリアは小さな悲鳴をあげた。


「…あ、わ、たしより…あか、るい」


 呼吸の仕方を忘れたのでは無いかと思うような息遣いでミリアは答えた。


「いいこだね、ご褒美をあげなくちゃ」


 俺はそう言って、ミリアの頬を両手で掴み、右の頬に唇を寄せた。チュッというリップ音をつけてやると、ミリアの顔は完全に赤くなっていた。

 チラリと扉の方を見ると、調書を書き終えた親衛隊が部屋を出てき、憮然としたデリータと目が合った。

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