第12話

「すみませんね、少しだけ貸してください」


 王子が、王子のくせに、王子だから、わがままを言って、俺を困らせる。

 とゆーか、親衛隊の、みんなが困った。

 そう、俺があげなかったカルメ焼きを食べたいとわがままを言い出したのだ。

 高級なケーキを用意しておいたので、ワゴンを運んできた侍女が王子の突然のワガママに硬直してしまった。

 執務室の中にある、ソファセットで、王子に午後のお茶の時間を、って支度をしていたのに、目の前に出された高級ケーキを見て、王子はこうのたまったのだ。


「食べ飽きた。市井のなんやらが食べてみたい」


 もちろん、侍女だけではない、その場に居合わせた全員が固まった。

 王子の言う市井のなんやらは、俺が食べていたカルメ焼きに間違いない。俺は直ぐに気がついた。だから、「出来たてが美味しいですよ」と何とかいって、その場を収めたのはいいが、王子が「出来たてが食べたい」と頑として譲らないので、譲歩案で今に至る。


 そう、王宮の調理場を借りてつくるのだ。


「おたま、おたま」


 ずらりと並んだ調理器具から、俺は必要なものを探す。王宮の調理器具はどれも大きかった。まぁ、大人数を相手にしているのだからあたりまえなのだが、要は巨大ホテルの厨房と同じようなものだ。しかも、高級。


 そんな所でカルメ焼き。


「恐ろしい話だ」


 そもそも、俺自身、カルメ焼きは家庭科で作ったのではなく、理科の実験だった。趣旨は分からないが、おそらくは化学反応のなんちゃらを体験させる。的な事だったのだろう。砂糖が溶けて膨らむという謎が少年の心を鷲掴みだった。懐かしい味だ。

 材料を言うと、料理長はあまりのシンプルさに驚いていた。俺は前世も今世も男だし。至ってシンプルな人生を歩んできたので、生きるための料理しかしてこなかった。

 このカルメ焼きだって、少年の心へのインパクトが強すぎたから覚えていただけだ。

 果たして、成功するのだろうか?


「おお」


 デカいおたまはレードルと言うらしいが、今は、どうでもいい事だ。何に使うか分からない、ちょうどいい棒を拝借してグリグリグリーと、すると、ムクムクと砂糖が膨らんだ。


 成功だ。


「出来た」


 少々不格好だが、今世で初めて作ったカルメ焼きだ。

 料理長が、出しておいてくれた皿にのせると、間髪入れずに手が伸びてきた。


「あっ」


 止めるまもなく、食べた。


「上手いな」


 とても満足そうに、その整った顔をふにゃけさせている。


「ーーーっ」


 ヤバい、カワイイ。

 これが、世の女子が言うところの萌えなのか?


 って、、ちがーう!!

 そーじゃねーわ!


「毒味をしてないものを食べるなぁ!」


 俺は慌てて王子からカルメ焼きを取り上げた。


「何をする」


 王子は憮然とした顔をしたけれど、さっきのふにゃ顔からのギャップが凄いね。

 よく整った顔が、キッって睨みつけるのはなかなかなものだ。


「王子、毒味がまだです」


 俺がそう言って、一口食べると、王子は目をまん丸に見開いた。


「食べ過ぎであろう」

「毒味です」

「作っている工程は見ていた。おかしなものは入れてなかっただろう」

「砂糖がこんなになったんですよ?怪しいと思わないのですか?」

「市井で売られているのだろう?」

「だからこそ、怪しんでください」


 俺は、咀嚼して飲み込んでから、カルメ焼きを皿に置いた。

 食べながら喋るなんて行儀が悪かったが、仕方がない。

 皿に戻されたカルメ焼きを、王子は嬉しそうに手に取った。端正な顔が、こんなもので破顔するとは…

 侍女が紅茶を入れて、王子に差し出す。

 カルメ焼きを堪能した王子は、ゆっくりと紅茶をのんで、満足そうに目を閉じた。

 カップが口から離れると、その口元は少しだけ緩んでいた。そう、少しだけ。


 かわいい。


 チラリと周りをみれば、料理長もそう思っているようで、少し耳が赤い。当然、紅茶をいれた侍女は近くで見てしまっただけに、その破壊力にやられたらしい。ポーカーフェイスをしなくてはならない立ち位置なのに、唇を噛み締めて、スカートを握りしめている。どうやら必死で耐えているようだ。

 しかしながら、とうの王子はまったく気づいていないようだ。

 俺の方を見て、


「もう一つ作ってくれ」


 などとのたまったのだ。


「だめです」

「何故だ?」

「これは砂糖の塊なんですよ。食べ過ぎはよくありません」


 王子は無言の抵抗をしてきた。ちょっとだけ不機嫌そうな顔をして、斜に構えて俺を軽く睨みつけてきた。が、そんなものに負ける俺ではない。何せ、前世の俺から見たら、王子なんかは半分程度の年齢だ。専学卒の新入社員ってところだ。この世界の実年齢は負けるけどな。


「仕事が溜まってます。執務室に戻りますよ」


 俺がそう言うと、王子は無言で立ち上がった。

 そうして、スタスタと廊下に向かって歩き出した。


「邪魔をしたな、料理長。晩餐を楽しみにしている」


 そう言って、厨房を後にした。

 俺も、王子の後に続く。


「市井の視察も悪くないな」


 王子の口からとんでもない提案が出た。


「問題発言ですね」

「幼い頃は何度か出たことがある」

「せいぜい城下町止まりでしょう?」

「…そうだな」


 うっ、プライドを傷つけたか?


「大人になられましたから、下町まで行けそうですね」

「話のわかるやつだな」

「…俺が行くんですか?」

「他に誰がいる?」


 めんどくせー

 こんなイケメンが下町に行ったら、男からも女からも絡まれるに決まってる。

 それをお守りするなんて、考えただけで疲れる。


「そんなにお菓子が食べたいんですか?」

「視察だ」



 王子のお出かけの護衛がめんどくさいなぁ、なんて思いながらフラフラしていたら、サロンで何か大事が起きていた。

 全てのサロンの扉が閉められて、騎士が扉の前に仁王立ちをしている。

 どの部屋もきっちりと扉が閉じられていた。

 俺は慌てて襟をしめた。だらけて襟を開いていたのだが、どうやら有事と言っていいようだ。


「こっちに来い」


 同じ親衛隊の制服を着た人物に呼ばれた。

 親衛隊が呼ばれているのは、あまり、いいことではない。

 呼ばれた先には、予想通りにデリータ王女がいた。

 サロンの中にはデリータの他に令嬢が数人いたが、みな、青ざめた顔をしてソファに座り手を取り合って震えている。

 長椅子に横たわる令嬢が見えた。

 毒か?

 絨毯に嘔吐物が見えた。

 吐き出されたのはチョコケーキか、そんな色の食べ物、それと紅茶だろう。


「給仕をしていた侍女は拘束されている」


 耳打ちをされて、相手を見た。倒れている令嬢は、既に医師が処置をしているようで、水を飲んでは吐かされているようだった。

 俺は拘束されている侍女がきになって、そちらに移動しようと動き出した。ら、


「連れていきなさい」


 デリータが睨むような目つきで俺の腕を掴んできた。


「王女が立ち会うものでは…」


 騎士たちが制しようとするが、デリータは聞かない。


「私のサロンで起きたのよ。聞く権利があるわ」


 なぜだかわからないが、俺がデリータを連れていくらしい。仕方が無いのでそのまま腕を貸した状態で騎士の後について行くことにした。

 分かってはいたが、デリータは微かに震えていた。


 サロンの給仕は、俺が使っていた厨房とは違うらしい。右翼棟にある厨房は、サロン専用らしく、料理をする場所ではなく、お湯を沸かしたりケーキを焼いたりする場所らしい。なので、そこにいる料理人もそれ専属らしく、王子の料理長とは違う人物が騎士たちに話をしていた。

 俺はそれを横目に見つつ、給仕をしていた侍女のいる部屋に入った。そんなに広くはないが、普段は休憩室にでもしているのか、簡単な応接セットが置かれていて、そこに侍女が1人座っていた。

 右翼棟の侍女が着るモスグリーンのお仕着せをきて、白いエプロンをつけている。

 大人しそうな可愛らしい侍女だった。


「乱暴はされていないようね」


 侍女の姿を見て、デリータかそう言った。。

 俺が怪訝な顔でデリータを見ると、デリータは少し眉を吊り上げながら、


「騎士たちには貴族の息子が多いのよ。特にこの王宮の中はね」


 デリータが、言いたいことが何となくわかった気がする。つまり、特権階級意識の高い騎士が取り調べをしたら、爵位ない侍女がどんな扱いを受けるかわかったものでは無い。ということか。

 だからデリータはわざわざやって来た。ということで、


「彼女の取り調べは、このシオンにやらせるわ」


 デリータかそう宣言すると、居合わせた騎士たちが慌てた。そりゃそうだ、侍女から自白なりなんなりを得ることが出来れば、手柄になる。なにせ、王女のサロンでことが起きたのだから。


「私のサロンで起きたこと。ならば、誰にやらせるかは私が決めるわ」


 デリータは、この部屋にいる特権階級意識の高い騎士たちを信用していないらしい。


「例え王女の指示であっても、それは出来ません」


 いかにもな、顔立ちの騎士が、デリータの意見を否定した。


「あら、そう?なら、私はここにいるから、取り調べをしてちょうだい」


 デリータがそういうので、俺は椅子を用意して、そこに座らせた。


「こう言ったものは、王女が見るものではございません」


 騎士がやんわりとデリータに退出をうながすが、


「あら?私が見ていたら不都合な事をするつもりなのかしら」


 デリータはツンと顎を上にあげてそう言い放った。


「王女におかれましては、ご退出を」


 騎士がデリータを退出させようと、少し強めの声を出した。


「構わないと言っているの。聞こえなかった?」


 デリータはあえてにっこりと微笑んだようだ。自分の見ている目の前で、取り調べをして見せろ。と。騎士としての節度を守りながらやって見せろ。

 俺は、デリータの横に立ってそれを傍観していた。どっちに転がろうとかまわないが、俺は自分の破滅フラグを立たせないために行動するだけだ。


「王女は、やはりご退出を」


 特権階級意識の高い騎士は、余程デリータが邪魔なのだろう。いらだちを必死で抑えながらそう言うのが手に取るようにわかった。が、わかったからと言って、俺はそれを阻止するだけだ。


「私に触れるな」


 デリータは凛とした声で命令を下した。

 それを聞いて、俺は躊躇なく腰の剣を抜いた。

 俺の仕事は、王子の大切な妹であるデリータを守ること。今この瞬間、俺はデリータの忠実な下僕なのだ。

 王宮内で帯剣が許されていない騎士たちは、俺が剣を抜いたことで、かなり、動揺したようだ。


「早く取り調べをなさい」


 デリータが再度促すが、騎士たちは何もしない。

 特権階級意識の高い騎士たちは、侍女風情の取り調べなんてまともにできるわけがないのである。だこら、王女であるデリータがいては何も出来ない。


「無能者!さっさとこの部屋を出ていきなさい」


 何も出来ない騎士たちに業を煮やしたデリータが、退出を命じた。逆らおうにも親衛隊である俺が剣を構えているので、何も出来ないようだった。

 俺がいなければ、デリータを力ずくで退出させ、気絶でもさせて、厨房にいる侍女にでも介抱させるつもりだったのだろう。

 騎士たちは、俺を睨みつけながら部屋を出て行った。最後の一人が出ようとした時、俺はそいつの顎に剣を向けて、


「王女に対するこの度の不敬、覚悟しておけ」

 そう言ってやった。

 物凄い形相で俺を睨みつけてきたが、たとえ貴族の息子であっても、本人が爵位をもっているわけではない。爵位の肩書きを失いたくないから騎士として居座っているだけのバカ息子に違いない。

 王宮内の地位だけなら、親衛隊である俺の方が上なのだ。何もしてないけど、帯剣を許される地位を持っている。

 一瞬、そいつはデリータの顔を見た。が、デリータは汚いものを見る目付きで騎士を一瞥した。

 そいつは、顔を青くして部屋を出ようとして、事さらに顔色をなくした。目の前に王子が立っていたのだ。


「ーーーっ」


 何も言えないまま、そいつは頭を下げた。が、


「さっさと出ていけ」


 王子は不愉快そうに眉根を寄せると、俺を見た。

 俺は、剣をしまうと、王子に一礼をした。

 王子が部屋に入ると、扉がしまった。親衛隊が1人着いてきている。


「無事か?」

「ええ、このとおり」


 目線を合わせないまま会話が進む。


「取り調べはどうした?」

「あの騎士たち、私がいたら取り調べができないそそうよ。何故かしら?」


 デリータがそう言うと、王子の後ろにいた親衛隊が苦笑いをしていた。奴らの顔ぶれを見て、想像出来たのだろう。


「お兄様、シオンにやらせたいの」

「なるほど」


 王子は、軽く俺を見てから1人所在なさげに座らされている侍女をみた。


「私の侍女よ。私の許可無く騎士が取り調べをしようとしたわ」

「わかった、もう1人置いていく。いいな」


 そう言うと、王子は部屋を出ていった。外には親衛隊が2人もたっていた。

 扉が閉まると、中から鍵がかけられた。


「邪魔者は排除しないとな」


 なんだか分からないまま、俺は人生初の取り調べをすることになった。取り調べとか、刑事ドラマでしか見たことないのになぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る