第15話

 取り調べに使っているのは、いわゆるゲストルーム。催し物なんかでゲストが休憩するのに使われる部屋でもある。ので、寝ることも出来る。

 具合が悪くなることもあるからね。飲みすぎとか…


「この部屋に泊まるしかないでしょうね」


 俺がそう言うと、デリータは諦めたような顔をした。


「お茶を入れることぐらいできるし、銀食器もある」


 そう言いながら、俺はミリアの手を優しく撫でた。

 それに触発されたのか、ミリアが不意に顔を上げ、


「デリータ様、すぐにお茶のご用意を致します」


 そう言うとあっという間に給湯室に行ってしまった。


「ああ、これは失礼を」


 俺はソファーから立ち上がると、ゆっくりとデリータの傍に歩み寄った。

 眉根を上げて俺を見るデリータに、そっと手を差し出す。


「大変申し訳ございませんが、あちらのお席にご案内させていただきます」


 かしこばって頭を下げると、デリータはようやく微笑み俺の手を取った。

 さっきまで俺とミリアが座ってはいたが、取り調べも終わった今となっては、ここに座るのはやはりデリータである。

 ソファーに腰を下ろすと、やはり王女の風格なのか、猫足のソファーに見事にハマり、まるで人形のように愛らしく見える。


「どうしたものかしらね、決断をするのはお兄様でしょうし」


 サロンでどこかの令嬢が倒れたぐらいでは、政は動かない。ちょっとした令嬢同士のいざこざか、食あたり程度と処理されるだろう。

 ミリアがお茶の支度を終え、ワゴンを押してやってきた。

 うん、かわいい。

 普通に王宮の侍女の制服が清楚で可愛い。

 ミリアはお茶を淹れ、毒味のために一口飲んで見せた。デリータは、特に何も言わず、その、一連の動作を眺めた後に、新しいカップに注がれたお茶を飲んだ。


「私はミリアのことを、これっぽっちも疑ってなんかいないわよ」


 デリータは顎をそらしてそういった。


「どうせ、王立教会出身の者が王女に務めているのが気に入らないのでしょう」


 デリータがそう言うと、ミリアは落ち着かないようで、俺とデリータの顔を交互に見る。


「俺みたいな田舎出身の平民が親衛隊やってますけどね」


 自嘲気味にそう言うと、ミリアは改めて驚いた顔をした。


「え?あんたそうなの?」


 ミリアの代わりにデリータが心の声を出してくれた。が、王女様らしからぬ物言いだ。


「へー、サロンで噂はされていたけど、平民なんだ」


 上目遣いで俺を見るので、


「よく見て見ますか?」


 と、言って膝を着いてデリータの脇に身を寄せる。


「髪とかサラサラねぇ、少し日に焼けてて…そこいらの貴族の令息と比べたら、あんたの方が優良物件だわ」


 デリータは笑いながらそう言うと、ミリアにも俺の髪を触れと、ミリアの手をひいた。

 ミリアははにかみながらも俺の髪を撫でる。


「だ、男性の髪を触るのは初めてです」

「もしかしたら王子付きの侍女だったかもしれないのに?」


 俺がそう言うと、ミリアは顔を真っ赤にして首を横に振った。


「お兄様は侍女をつけていないのよ」

「へ?」

「小さい頃は侍女がいたけど、お兄様が7歳か8歳か、そのくらいの頃にお兄様付きの侍女が一斉に解雇されたの」


 そいつは初耳だ。そんなの設定に書かれてなかったな。『女を寄せつけない鉄壁の王子』とか紹介文を、書いた記憶があるけれどな。


「それはまた、何かあったのかと勘ぐりたくなりますね」


 俺が意味深な笑いをすると、


「あったんだと思う」


 デリータが、あっさりと言った。



 ノックの音がして、返事をする前に扉が開いた。

 扉を開けたのは俺と同じ制服を着た親衛隊で、その後ろから王子が入ってきた。


「デリータ、まだ、こんな所にいたのか」


 呆れたな、という感じで王子が言うと、デリータは鼻で笑って、


「私の大切な侍女を、守るためですもの」


 と、答えた。


「お前らしい」


 王子はそう言うと、俺を見て眉根を寄せた。


「お前、いないと思っていたら」


 そんなことを言われても、俺はとぼけた顔をして答えるしかない。


「王子の、大切な妹君を護衛しておりました」


 恭しく頭を下げると、気の所為でなくチッという舌打ちが聞こえた。

 誰がしたかは知りたくないけど。


「ミリアを無下に扱わなかったわ」


 デリータがそう言うと、王子はまた眉根を上げた。


「兵士たちに任せていたら、今頃ミリアはどこかに連れていかれていたでしょうね」


 デリータはあえて王子と目線を合わせず、ミリアを優しく撫でながら話す。


「怖い思いをさせずに済んだわ」


 デリータを見つめた後、王子は俺に目線を移す。

 その僅かな動きを確認した親衛隊が、書類を広げて読み上げた。


「本日の件において、あの時間帯に食堂で作業をしていたものは外宮殿へ移動。茶色い髪をした侍女については、複数いたため調書を取ったが特定出来ないため、兵士詰所の洗濯係へ移動。以上」


 それを聞いて、ミリアの肩が震えたが、デリータが優しく抱き寄せた。やっていいなら俺がやるのにな。


「ありがとう、お兄様」


 自分の侍女であるミリアが罰せられないことに礼を言うと、


「安心したらお腹がすきましたわ」


 デリータは、食事を所望した。




 後宮に戻れなかったデリータのために、簡単な食事が用意された。

 なぜか王子も一緒に食べて、ミリアとオレは毒味係ということで軽く一食食べさせられた。

 温かいスープにパン、ちょっとした肉のソテーが五臓六腑にしみわたり、大変満足したのだが、普段豪華な食事をしているであろうデリータは、物足りなさそうだった。


「ケーキが食べたいわ」

「申し訳ございません、食堂に残されていたケーキの類は全て廃棄されました」


 悲しい報告に、デリータは若干涙目になっていた。


「デリータ様、明日になれば新しいお菓子が作れますから」


 ミリアに慰められて、デリータは仕方なくお茶を飲んで過ごすのであった。




「お前はここで、朝までデリータの護衛をしておけ」


 王子はそう言うと、親衛隊と一緒に出ていってしまった。


「お風呂の支度を致しますわ」


 ミリアはそう言うと、浴槽の方へ消えていった。


「一旦退出します」


 俺はそう言って、空になった食器をのせたワゴンを押して部屋を出た。


「あ、鍵をかけてください。俺以外の男を入れたらダメですよ」


 そう言うと、デリータは笑って本当に扉が閉まるとすぐに鍵をかけてくれた。

 清々しいぐらいに分かりやすくて、素直なデリータをコレットの、策略から守れたのは本当に良かったと思う。

 一応、内宮殿から排除は出来たけれど、城内にはいるので、まだまだ、油断は出来ないよな。

 外宮殿へと居住を移されることになった対象者たちが、荷物を持ってゾロゾロと歩いているのが見えた。

 その中に茶色い髪と称された侍女が三人。口を真一文字に引き結んだコレットも見えた。

 俺は見つからないようにその団体を柱の影から見送った。

 外宮殿とはいえ、城内にいるコレットといかに絡まずゲームをすすめるか、親衛隊も兵士の枠内にいる俺としては悩みどころであった。

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