第31話

 孤児院を面倒見ているシスターにでも案内してもらえばよかったかもしれないが、俺がシスターに声をかけるとセクハラとか言われそうなので、神父にした。と言うのは建前である。

 わざわざカモネギ…いや、ナンパしてきたのはこちらの神父である。

 聞きたいことがある。もちろん、孤児院の子どもたちがどこに行くのか?

 本当にミリアのように王族付きの侍女になるのか?そう言う疑問がある。王族が身元保証人になってくれるのなら、国中の孤児がここに来てしまうでは無いか。この世界の住人になって本気で日の浅い俺は、色々とわからないことだらけだ。特にこういった教えなくても知ってるよね?系は本気でヤバい。


「親衛隊の制服を着ているのに、何もご存知ないのですね」


 神父が俺のことを上から下まで見てから言った。

「まぁね、兵士になろうと思ったらなぜかこんなことになったもんで」


「平民の出、なのですか?」


 神父が普通に驚いた顔をした。

 平民出身の親衛隊は、普通に珍しいようだ。この国教会に勤めている神父でも珍しと思うってことか。


「平民も平民。地方から出てきた田舎もんだよ」


 笑ってそういうと、神父はかるく眉根を寄せた。

 言い方が気に食わなかったかな?


「ここにいる孤児たちと馬が合いそうですね」

「そう?国教会だから、英才教育受けてるんじゃないの?」

「他の孤児院と大差ないですよ。一つだけ違うとすれば、見目の良い少女は城で侍女になれる。という事ですね」

「女子だけ?」

「男子はあなたのように軍の学校に入るでしょう?訓練を受けて配属されますよ」

「ふーん」


 俺は少し考える。前世の記憶を取り戻すより前の記憶をたどってみる。

 名簿に出身地が書かれていた気がするな。それで配属を、決めるとか何とか、言っていた気がする。


「もしかして、俺って孤児院の出と思われたのかな?」


 見目の良い女子が城で働けるのなら、見目の良い男子も城で騎士になれるのでは?


「それは、どうでしょう?決めるのは軍部では無いのですか?」

「え?俺は王子にスカウトされたけど」


 サラッと答えると、神父は面食らったように俺を見つめて目を逸らした。

 え?、なに?なんか変なこと言ったかな?


「あなたの場合、かなり、特殊なのでは?」

「やっぱりそうかな?」


 俺はそう言うと、神父の肩を軽く叩いた。


「あなたを見ていると、和むのでしょうね」

「何それ?」

「自覚されてないか」


 神父がなにやら言うけれど、全く心当たりはない。まぁ、唯一分かっていることは、俺は転生者だから周りと何かが違うのだろう。無自覚に何かをしていないか心配ではある。


「でも、やっぱり」

「なんですか?」

「俺はここより下町の教会の方がしっくりくるな」


 俺がそう言うと、神父は苦笑いしていたけれど、


「あなたがいる場所は風紀が悪そうです」


 と、真面目に言われた。

 信仰心皆無の元日本人だから、教会でかしこまってって、土台無理な話なんだよね。神様に祈るのなんて、せいぜい正月ぐらいだよ?


「自覚はしてますよ」


 そう言って神父の首に腕を回す。


「なんです?」

「ほい」


 神父が口を開いた隙を見て、口に無理やり押し込んだ。


「飴玉」

「………」

「子どもたちに持ってきたんだけど、あんたにあげちゃダメとは言われてない」

「………」


 神父は一生懸命に飴玉を舐めているらしい。

 口にものが入っていたらお喋りはしないようだ。とてもよくしつけられている。


「いい子だなぁ」


 俺は思わず口に出してしまった。なにしろ、俺は36歳だからな。大抵が年下になってしまう。

 神父は何かをいいたそうだったけれど、俺は神父のおでこに自分のおでこを合わせてニヤリと笑う。

 懸命に飴玉を舐める神父の眉間にシワがよったのがよく分かった。


「何をしているんだ?」


 そんな、じゃれあいをしていたら背後からイライラ度MAXっぽい王子の声がした。


「あれ?孤児院の視察なのでは?」


 俺もそうなんだけど、この際どうでもいい。俺はあくまでもチャラい親衛隊員で、仕事はサボりがちなのだ。


「お前が俺から離れては、護衛の意味がないだろう」


 あー、俺って護衛の担当でしたっけ?それは隊長だったのでは?いや、俺はいつも通り話なんて聞いてなかったから、自分の持ち場なんて分かっちゃいない。


「俺が居ないとそんなに寂しいですか?」


 俺が笑いながらそう言うと、王子は少しだけ口元が緩んだ気がする。本当に少しだけだけど。


「仕事をしろ」

「じゃあ王子、ご案内します」

「お前に案内されるような場所ではない」

「たまにはゆっくりしましょうよ」


 俺が強引に王子の、エスコートを始めると、神父は呆れた顔で後ろを着いてきた。飴玉はそこそこ大きいので、まなかなか舐め終わらないようだ。

 王族が個人名で寄付をしているらしく、国からの支給とは別で孤児院が、成り立っているらしい。

 だからこそ、不正に使われていないかの視察を定期的に行うそうだ。そんな帳簿の確認は、親衛隊が交代で行う大切な仕事だそうで、いずれは俺もやるかもしれない。

 書類の チェックは嫌いじゃないからね。




 肩を抱くと不敬と言われそうなので、俺は自然と王子と腕を組んでいた。この方が王子を引っ張りやすい。俺が見たいもののところに王子を強引に引っ張っていく。基本教会って恋人たちのデートスポットになっているようで、所々にベンチがあったり、神様には申し訳ないけれど、ちょっとした死角なんかがあってなかなかよろしい。


「あっ」


 そうやって王子を、引きずるように見回っていると、俺は見覚えのある小さな建物を見つけた。

 八角形の小さな建物で、全体的に白を基調とした可愛らしい建物だ。スチル絵で、見た事があるんだよね。ささやかなイベントなんだけど、お互いの気持ちを確かめ合うそんなイベント。


「王子、ほらほら」


 俺はそう言って、王子をグイグイ引っ張った。


「お前、俺をなんだと思っているんだ」


 王子はだいぶ嫌がっている振りをしているけれど、本当に嫌だったら俺の腕なんかとうの昔に振りほどいているだろう。神父も、少し離れた場所から俺たちを黙って見ているだけだ。


「え?王子は王子でしょ」


 八角形の小さな建物の中は、小さな教会風になっていた。

 辛うじておぼえているのは、目の前に佇むのは愛の女神像で、記帳代に名前を書き込めるということだけ。


「ほら、王子」


 俺は記帳代を、指さした。


「なんだこれは?」

「記念に名前を記入出来ますよ」


 後ろから神父が教えてくれた。

 見れば羽根ペンとインクが置かれている。


「王子、書きましょう」


 俺はそう言うと、さっさと自分の名前を書き込んだ。


「はい、どうぞ」


 そうして王子に羽根ペンを渡すと、王子はかなり困っていた。

 どうやら名前の記入に悩んでいるようだ。

 確かに、この記帳代に書かれているのは全部名前だけ。苗字があるものはひとつも見当たらない。


「王子、野暮だなぁ」


 俺がそう言うと、王子は怪訝そうな目で俺を見る。


「記念に残すんですよ。思い出なんです。名前だけ、もしくは愛称で書くもんです」


 俺に言われて、王子はようやく俺の隣に名前を書いた。


 リー


 愛称をサラッと書いた。

 王子と、同じ名前をつけるなんて、そうそうない事だ。だから名前をしっかり書くのはいただけないと判断したのだろう。

 しかし、愛称でリーとは。


「へへへ」


 俺は思わず変な笑いを、してしまった。


「何がおかしい」

「王子の名前、女の子の欄に書かせちゃった」


 わざとなんだけど。教会に入場する時、正面向いて左が男性で右が女性。その流れで記帳代も左側に男性名が書かれていたのだ。


「っな」


 王子が驚いて記帳代を確認する。自分の名前の上に並ぶ名前を見て、王子は理解したらしく、俺を睨みつけてきた。


「記念なんだからいいでしょう」


 俺が笑うと王子は若干不貞腐れていた。王子なのに、女の子ポジションが、不満らしい。


「俺は王子だぞ」

「はいはい、じゃあ俺が守ってあげますからね」

「当たり前だ」


 王子の耳がちょっと赤くて可愛いんだよな。

 神父のやつ、ここが何かを教えないとか確信犯はお前なんだけど?

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