第34話

風呂の温度が上がって、王子の額から汗が滲むようになったので、更に水を勧めた。


「もっと水飲んで」


 コップを持たせようとするが、受け取ってくれない。仕方が無いので、コップを唇に当ててみるが、口を開けようとしない。


「さっきは飲めたでしょ?」


 そう言って王子の顔を覗き込んでみると、あんまりしっかりとした目をしてはいなかった。


「…うん」


 王子はどこかぼんやりした目で俺を見ていた。


「今日はここに泊まるから、安心して」

「………」


 俺を見る王子の目が、若干怪訝そうに見えた。

 少し戻ってきた?


「俺とお泊まりは安心出来ない?」

「…お前、と?」

「先輩たちなら帰りましたよ。他の人とお泊まりしたかった?」

「お前に何が出来る?」


 あ、急に王子戻ってきた。


「んー、護衛?」


 俺は風呂のヘリに顎を乗せて、顔だけを王子に見せている状態だ。こんな体制で護衛とか、ふざけているとしか思えないようなことを平気で口にする俺を、王子はどう思うのだろうか?


「お前が護衛…」


 王子、俺を信用してないな。


「そう、護衛。見守ってますよ」


 俺がニヤけた顔でそう言うと、王子が睨みつけてきた。


「見守る?」

「そう、見守りますよ。それとも……手伝いますか?」


 俺がそう言うと、王子から鉄拳制裁がやってきた。

「いってぇ」


 王子の手が濡れていたため、俺の顔はもれなく濡れた。


「まったく」


 俺は濡れた顔を手で拭いながら、そのまま前髪をかきあげた。前髪をあげるのは初めてかもしれない。額に髪の感触がないのはなかなか新鮮だ。


「髪をあげると多少落ち着いて見えるな」


 王子がそんな俺の顔を珍しげに見つめた。


「いい男?」

「そこまでは言っていない」


 王子が俺の口を手で塞ぐ。

 どちらの手がご使用中なのか気になるんですけどね。

 確認のためペロリと舐めてみた。


「ん、水」


 口の中には水の味、まぁお湯なんだけど、それの味しかしなかった。


「な、なぜ舐める」

「んーご使用中かの確認?」


 その瞬間、俺の顔面は湯船の中に沈められた。


「!! 殺す気かっ」


 俺は慌てて顔を上げた。いや、もう、中で目を開けて確認とか出来ないから。


「ふざけるな、もう出ていけ」


 王子は怒っているのか語気が荒かった。けれど、頬が少し赤かった。のぼせているのかは分からないけれど。


「湯の温度はそれでいいですかね?タオルと着替えはここに置きますよ」


 俺はそれだけ伝えて風呂場を後にした。

 いつもは誰かに体は拭いてもらっている王子が、ちゃんとタオルを使えるかは謎なんだが。




 しばらくして王子が出てきたので、俺は王子がちゃんとタオルを使えているか後ろに回って確認した。

 案の定、背中がちゃんとふけていない。

 それに、下着だけ履いて上は裸だ。


「リー、背中が拭けてない」


 頭を拭いていたタオルを取り上げて、背中を拭いてやる。そして備え付けの寝巻きを羽織らせる。


「じゃあ、俺も入ってくるから まってて」


 そう言って、俺は王子使用済みの風呂に向かった。

 うん、王子の使用済み…なんだよな、風呂。

 うん、まぁ、な気分で風呂に入り、頭と体を洗った。あそこから漏れていた香が髪についた可能性は高い。髪の毛、意外と匂い吸収するからな。

 キレイにして、風呂をあとにすると、寝巻きを着て寝台の上で王子が座っていた。


「髪の乾かし方がわからない?」


 俺は当たり前のように上半身裸のまま、王子の隣に座った。


「お前が世話をするのだろう?」


 王子は不貞腐れた顔をしてはいるが、怒っているわけではなさそうた。ただ、こういった所でどうしたらいいのかわからなくて戸惑っているのだろう。


「しますよ、もちろん」


 王子の髪をタオルを使って丁寧に乾かしていく。


「水飲んだ?」

「いや」


 俺は水差しから水をとり、先に一口飲んだ。


「はい、毒味済」


 コップを渡すと王子は素直に水を飲み干した。

 喉は乾いていたらしい。気になるのは体調だけど。


「リー、気分は?」


 聞きながら下まぶたの裏を確認する。顎を掴んで口の中をじっくりと観察する。特に異常は見られない。


「別に」


 抱き抱えるようにして王子の顔を覗き込んだ。もう一度まぶたの裏とベロを確認する。おかしな反応は出ていない。


「大丈夫そうだけど、リーは本当に俺としたく、ない?」


 改めて確認すると、王子は手のひらで俺の顔を押しやった。


「わかったから」


 俺は笑いながら言って、一度ベッドから降りた。髪を乾かすのに使ったタオルを脱衣場に置いてくると、またベッドに登る。寝るには早いけど、ここで食事を頼むのはリスクが高い。


「今日は泊まりだから」


 そう言って、短剣を一本王子に渡した。

 受け取りながら、王子は俺をマジマジと見つめた。


「俺、親衛隊なんだけど?ちゃんと護衛するよ?」

「意外だった」


 王子からあっさりと言われると、言い返す気力もなくなる。


「これは俺のね」


 もう一本を見せて、枕の下に置いた。


「で、もう、寝る以外ないんだけど?」

「ここでか?」

「一応、ここ連れ込み宿だから」

「お前と?」

「だから、ベッド広いでしょ?半分こしましょ?」


 王子は俺が渡した短剣をクルクルと弄びながら考えているようだ。


「ここから入ってきたら刺す」


 王子はそう言うと、俺に背を向けて寝た。だが、掛け布団は一枚しかない。俺はそーっと端を掴んで自分の体を中に滑り込ませた。

 はっきりいって、飯抜きなのが一番辛い。次が時々聞こえてくる他の部屋からの情事の音だ。前世では36歳で嫁がいた俺からすれば、音だけ聞かされるのは結構辛い。

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