第35話

こんな環境で熟睡してしまった自分が情けない。

 全く護衛が出来ていなかった。

 夜明けの時間、外がうっすらと白くなっている。この時間に宿を出ないと、なにかとまずい。


「リー、起きて」


 こんなところでも美しい顔で寝ている王子は素晴らしいと思う。警戒心はないのだろうか?本当に俺が何もしないと信じているのだろうか?


「………」


 寝起きが不機嫌な王子がいた。

 それでも美しい顔をしている。


「着替えて」


 昨日着ていた服を渡す。俺はもう着替えは完了していた。短剣をバレないようにまた身につける。

 一応、王子の着替えは手伝った。本当に王子は、自分のこと自分でしないんだな。

 前金制だったので、静かに王子と宿を後にした。俺はそのまま王子の手を取り、市場に向かった。


「おい、どこへ行く?」


 城に向かっていないため、王子が慌てる。


「朝飯食べましょうよ」


 王子の手を掴んだままそう言うと、王子は嬉しそうに笑った。昨夜から何も食べていないから、王子だって腹ぐらい空いているだろう。

 市場で人混みに紛れて食事をすると、王子は楽しそうだった。

 市場にいる人たちは、自分の用事が忙しすぎて、回りの人なんて見ちゃいない。おかげで王子が少し手間取ってもジロジロ見られることは無かった。

 登城する人混みに紛れて裏門に近づくと、既に隊長が待ち構えていた。

 無言で中に入ると、そのまま王子は自室に消えていった。俺も着替えてから執務室に向かった。


「お前のせいで忙しい」


 先輩に嫌味を言われたが、なんの事だか分からなかった。慌ただしく動く同僚を見ていると、隊長から書類を渡される。


「昨日からのことをまとめて提出、昼までに」


 一日使って書いてはいけないらしい。俺は机に向かって素早く書類を書き始めた。



 俺が書類を提出すると、隊長はじっくりと読んでくれた。そうして納得したのか、俺に休憩を与えてくれた。同僚たちだけでなく、なんだか外も騒がしい。俺が不思議そうにしていると、同僚に肩を叩かれた。


「お前は王子の所に行ってくれ」

「ん、ああ」


 状況が飲み込めないまま、俺は王子の傍に行った。


「ご苦労だな。お前のおかげでいい仕事が出来そうだ」

「?はぁ」


 俺はよく分からない。よく分からなかったのだけれど、わからなくてはいけない事が起きていた。




 十日後、広場で粛清が行われることになった。

 例の娼館に買われて行った身なりのいい女が問題だったらしい。それと、漏れていた香は良くないものだった。

 現場を押さえ、証拠を揃えるまでが早すぎて、娼館を経営していた貴族は逃げることも出来ずに捕まったそうだ。

 最初、俺は違法に人身販売された女たちが助かって良かった。とおもっていたのだが、考えが甘かった。

 法を犯した貴族は、一族全員がその罪を償わされるのだ。

 そう、女も子どもも関係なく、一族全員がその罪を問われる。

 広場で役人が罪状を読み上げる。ついで裁判官が判決を読み上げる。

 広場で粛清が行われる段階で、結果は出ていた。

 俺はまるで現実を感じないまま、同僚たちと一緒にその場に立ち会いをさせられた。

 見つけたのが俺だから。

 調べたのが親衛隊だから。

 王子の名の元に粛清が下ろされる。

 貴族たちは後ろ手に縛られて、子どもは目隠しと猿ぐつわをされていた。

 あんな、小さな子どもも粛清するのか?俺は目の前の光景を見て、頭の中で何かがすぅっと引いて行った。

 俺の目の前には、膝まづいて後ろ手に縛られている貴族、その先に見物の民衆。喧騒がやけに遠くに聞こえるようになった時、刑が執行された。

 俺は、36年の前世があるが、平和な日本で生まれ育った。誰かか傷つくところなんて見たことがない。

 交通事故にでも合わない限り、そうそう死なないような世界だった。

 だけど、今、目の前で人は簡単に命を散らす。

 広場に、充満するその匂いで俺は現実を知る。

 俺がふらついたのに同僚が気がついた。


「おい」


 同僚が何かを言うけれど、俺の耳には届かない。いや、聞くことを俺が拒否している。

 俺は後ろに数歩下がると、下半身の力が抜けてその場に座り込んだ。

 吐き気がするとか、そういうのがあればまだマシだったかもしれない。数歩下がったところで、充満する匂いは消えない。喉の奥がヒクついて、上手く声が出せなかった。いや、出せなくて良かった。きっと叫んでいたから。

 俺は前世と併せて初めて、人が殺されるのを見た。




 気を失ってはいなかったらしい。よく分からないまま騎乗して上手いこと戻ってきたようだった。

 何も考えられないまま同僚たちと一緒に執務室に入り、王子に報告をしたところで、俺は限界だった。

 多分、王子が「下がれ」と、でも言ったのだろう。

 その言葉を聞いて安心したのか、俺は立ったまま意識を失った。隣の同僚にぶつかったか、はたまた初日同様に後頭部を強打したか、俺の中の色々なものがどこかに飛んで行った。


 目が覚めたとき、やっぱり喉の奥がヒクついて、声が出なかった。

 に、しても、俺はどこに寝かされたのだろう?自室でないことは確かだ。しかも医務室でもない。

 俺は起き上がり、部屋の中を確認した。広い部屋の真ん中にベッドがあった。それ以外は何も無い。衣装部屋らしい空間にはなにもなく、ただの空間だった。

 扉を開いて見ると鍵はかかってなく、簡単に開いた。

 ありえないことだが、外は浴室だった。しかも、やたらと広くて豪華な造りだった。

 その向こうに階段が見えた。俺が出てきた扉と同じものがあと二つ見える。

 嫌な予感しかしないまま、俺は階段の裏を確認した。何も無い。と言うより、窓がない。

 階段を、上がると天井がはめ込みのガラスだと気づいた。これだけのガラスは作るのが大変だっただろう。そんなことを考えたけれど、俺は階段の先にある光景をみて血の気が引いた。

 天蓋のついた立派な寝台が一つ、他には何も無い。

 俺はこの光景を見たことがある。

 王子ルートエンディングで稀に出てくるやつだ。


「なんで俺が監禁されるんだ?」

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