第42話

 後宮にいても暇し過ぎだったので、木剣をもらい素振りをしたり、基本的な筋トレをしたりして過ごしていると、デリータが誰かを連れてやってきた。どこからどう見ても高貴なご婦人とまるわかりだったので、俺の脳内保管庫からは、じつにあっさりとその人物が特定されたのだった。


「わざわざご足労いただきありがとうございます」


 俺が即座に恭しく頭を下げると、デリータがわざとらしく大きな声で驚いてくれた。


「頭を上げて頂戴。ここは公の場ではないのだから」


 言われてゆっくりと頭を上げれば、そこには見目麗しいご婦人が立っていた。品の良いドレスは胸元をきっちりと隠し、繊細なレースと刺繍が施され、女性らしいシルエットを際立たせていた。おそらくスカートの中にはパニエと呼ばれるものが何重にも入っているのだろう。俺の率直な感想だと、汗もができそうってことだった。


「あなたがシオンね。はじめまして、ステファンドリーとデリータの母です」


 今更ながら、王子の名前スゲーな。ってか、すっかり忘れてたわ。デリータに比べてややこしすぎん?


「初めまして」


 俺が軽く会釈をすると、そのまま俺の住んでいる建物の中に入るよう促された。普段食堂に使っている部屋を通り過ぎ、風呂なんかがある地下のフロアに入ると、王妃様は懐かしそうに眼を細めた。


「ここは相変わらずね。お妃教育と閨教育しかできない場所だわ」


 そんなことを言いながらも、ソファーに腰を下ろし、ゆったりとひじ掛けに体を預けた。あのドレスだと、向かい合って座るなんて物理的に無理なようだ。デリータは、ワンピースが豪華になった程度のドレスだから、ひとり掛けのソファーに普通に腰かけていた。


「お菓子は持ってきたのよ。あんたお菓子が好きなんでしょ?」


 大きな籠を抱えた侍女がテーブルの上に持っていた籠を置いた。すると、俺のところの侍従が一つとって口にした。目の前で毒見なんてものをやられると、正直対処に困るというものだ。


「お兄様はずいぶんとしっかりした侍従を付けたものね」

「俺がこんなだからね」


 おどけて見せたが、はっきり言えば王妃様相手になんとも不遜な行動である。ここは後宮であるから、王妃様はここの主である。その人が持ってきたものを毒見とは、下手をすれば手打ちものだろう。


「ステファンドリーは、女を信用していないのよ。仕方がないわ」


 ほんの少し悲しそうな顔をされたけど、すぐに笑顔を見せてくれた。で、侍従が出した紅茶をついてきた侍女が毒見をする。なんとも穏やかではない光景ではあるが、これが日常らしい二人は何事もなかったかのように持ってきた菓子を食べ始めた。


「サロンは毒見してないよな?」

「そりゃ、王城で出されるものを疑うなんて王家に対して謀反あり。って疑われるからね」


 非情に分かりやすい回答だった。俺は何も考えずに出されたものは食べるけどな。王子には毒見してから上げてたけどさ。


「この国では同性婚はよくあることなのよ」


 そう言って王妃様は紅茶を飲んだ。本当になんてこともないような感じで、実にさらっと言われてしまい、驚きすぎて俺の方がなんて答えればいいのかわからなかった。


「でも、あの子は王太子だから、世継ぎを望まれるのよね」


 王妃様は、思いっきり憂いのある顔で俺を見た。いや、そんな顔をされてもね。俺が望んでここにいるわけじゃないからさぁ。


「そこで、わたしなのよ」


 デリータがどや顔で言ってきた。


「どういう意味で?」

「そういう意味よ。前に話したでしょ?私が生んだ子は世継ぎになれるの」

「ああ、うん。聞いたけど?」


 俺が分かっていないようなそぶりで返事をすれば、王妃様はあきれたような顔をして、スッと手を挙げた。そうすると、俺の侍従とついてきた侍女たちが一斉に姿を消した。


「デリータはこんな風に言っているけれど、上品な言い方をすれば、この子デリータが国と結婚するということなのよ」


 俺が気まずそうな顔をすると、王妃様はため息交じりに言葉を続けた。


「父親のいない子を産むということ。デリータの産んだ子は国を父とした私生児ね。でも、王族になるわ。なんのしがらみも持たない純粋な王族よ。だって、デリータは後宮に住んでいるのですもの、後宮に入れる男は限られるでしょう?」


 王妃様に言われ、俺は何となく察した。王族と婚姻するには身分に問題がある場合、王女は国と結婚し出産するのだろう。生まれた子はもれなく王族の私生児として王家の一員となり、王位継承権を得るというわけだ。

 つまり、デリータはこれをやるということだ。


「……そう、デスネ」


 ぎこちない返事をする俺に、王妃様は極めて明るい声で言ってきた。


「ドレスのデザイナーは、わたくしに任せて頂戴ね。飛び切りのモノをご用意するから」

「アリガトウゴザイマス」


 これ、俺は完全にロックオンされたな。


「準備に時間がかかってしまうのよね。ほら、王族だから」


 いえ、お急ぎいただかなくて結構ですよ。なんて、口にできるものならしてるんだが、できない。そんなことより俺の心の準備でしょ。

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