第26話
コレットも図書館に出入りをしている。
純粋に本を借りているようだ。借りているのは恋愛小説。まぁ、侍女の給料で本を買うのは可能だけど、与えられた部屋の広さには限りがある。図書館で借りるのが無難だろう。
兵舎に移動してから、コレットは何もしてこない。
たまに顔を合わせると、「あんたと一緒にいると、恋が遠のく」と言って追い払われる始末だ。
れはよくある設定と違う。って、やつなんだろうな。って、思いつつ俺も設定とだいぶ違っていると思うので、どうしようもない。
ここはゲームの世界だけれど、現実なのだ。人間は成長してしまうので、設定と違うのは当たり前だろう。
アンリエッタもなんだか性格が違っていた。伯爵家になり、自分の美しさ故の自信を持ち、社交界で注目される令嬢になって、求婚が後を絶たない。そんなわけで居丈高なキャラになるのだけれど……なってないし。なってないから、夜会で王子の誘いを断って逃げたし。
「俺も自由にしていいのかな?」
何気なく呟いて振り返ると、デリータがいた。
後宮からも遠く、サロンからも離れていてるこんな所に、なぜいるんだろう?と疑問はもちつつ、
「いかがなされましたか?デリータ様」
丁寧にお辞儀をして、膝をつく。
「…ちょっとお散歩よ」
「左様ですか…しかしながら、王子の大切な妹君であらせられるデリータ様がこのような所に一人でおいでになるのはいけません。お送りさせていただきます」
俺がそう言うと、デリータはツンと澄ました顔をする。上向きの唇が可愛らしい。
「一人で帰れるわよ」
「いけません。王子の大切な妹君であらせられます。おくらせてください」
俺が重ねて言うと、デリータは満足そうに微笑んで俺を許した。
デリータは攻略対象では無いけれど、やたらと絡む回数が多い。隠しキャラと言いにくいし、モブでもないし、何より王女だし、とか考えるとそもそもゲームのシナリオってなんだ?、ってことになる。
王子の婚約者を、決めるための夜会は月に一回。表向きは女王からの招待状って事で令嬢たちが呼び集められる。もちろん、付き添いに父親だったり兄弟だったりと男も来るけれど、あくまでも付き添いだから、積極的に令嬢たちと踊ったりはしない。
そもそも、王子がファーストダンスをしないので、ほとんど立食パーティーにしかなっていない。
楽団が音楽を奏でても、踊るのは雇われた踊り子で、パートナーと踊るの者はいない。
俺たちは、それを漠然と見ながら警備をしてはいるけれど、時々令嬢たちがいさかいを起こしても、俺たちはそれを止める立場ではない。余程の暴力沙汰にでもならない限り、令嬢たちは放置している。
何より、そんな光景を女王が冷ややかな目で見ているのだから。
王子の婚約者を決めるのは、実質的に女王だろう。王子の前でだけいい顔をしても、そんなところでいさかう様な令嬢は、候補から外されていくのだ。
しかし、なぜか今日はデリータが女王の隣にいた。
扇で口元を隠しながら、女王と何かを話している。
王子はそんな二人からあえて離れた場所に座っていた。まぁ、未来の姑と小姑をそばにおいて彼女といちゃつけないないよな、普通。令嬢だって居心地悪かろう。
入れ代わり立ち代わり、王子と談笑をする令嬢たちは、椅子取りゲームをしているようだった。
時折女王の指示なのか、親衛隊が令嬢を連れてくる時もある。その役は俺には来ないんだけどね。
相変わらず真っ赤なイシスは、何もしなくても目立つので、王子に別段アピールもせず、気ままに楽しんでいるようだった。
「暇でしょう?」
特注としか思えない赤い羽根扇をもって、俺の前にやってきたイシスは、やっぱり赤い唇でニンマリ笑った。
俺、これでも警備してるんだけどな。
王子の親衛隊は、近衛騎士の制服をベースに白の布地で作られており、ある意味悪目立ちしていた。こんな汚れの目立つ制服、実用的じゃない。
親衛隊とひと目でわかる俺にエスコートさせて、イシスは満足そうに会場を後にした。
「よろしいのですか?」
馬車までエスコートしながら俺はイシスに尋ねた。
「なんの事?」
赤い羽根扇で口元を隠すイシスは妖艶で美しかった。昼間のサロンより、やはり夜の方が彼女は美しく見える。
まぁ、そういう風に考えてこの装いなんだろうけれど。真っ赤な縦ロールは、本当に悪役令嬢!って雰囲気を醸し出していて、よく似合っている。
そういや、他の令嬢は縦ロールしてないよな。
「夜会はまだまだ終わりませんよ?」
そんなこと言っても、俺はお見送りしちゃうんだけど。
「いいのよ、参加したのだから」
イシスはそう言って微笑んだ。
女神の微笑み頂きました。
確かに、イシスほど目立てば参加したことも一目瞭然だし、帰ったこともすぐ分かる。
「王子の婚約者候補に興味が無いと?」
俺は、一応王子の親衛隊としてイシスに確認をした。
「ないわね。………特に、今夜は王女もいたし…」
「え?」
俺がおどいた顔をすると、
「忘れて」
そう言って、馬車に乗り込んでしまった。御者は素早く扉を閉めて馬車を動かした。
俺は見送りのため頭を下げる。
そうして、俺はまた考える。こんなシーンはゲームにはなかったな。と。
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