第30話

「どうしてあなたがここにいるのかしら?」

「そ、それは…」


 サロン近くの廊下で、令嬢同士が睨み合っていた。赤い令嬢がきついもの言いをし、壁際に立たされた令嬢が俯いて言葉を無くしている。

 どちらも伯爵令嬢であるのに、最近家格が上がったばかりのアンリエッタは赤い令嬢であるイシスに何も言い返せないでいた。


「家格があがったからといって、随分気軽になさること」


 真っ赤な羽扇を広げて口元を隠すイシスは、獲物を捉えた肉食獣のような微笑みを浮かべていた。対するアンリエッタは目を合わせることもままならず、俯いて発する声も小さくなる。


「お誘いを…そ、その…」


 まともに話すこともできず、アンリエッタは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「そんな顔をして、私が虐めたみたいではないの」


 呆れたような物言いをして、イシスはアンリエッタから目線を外した。これ以上しても面白くはないということか。それとも?


「散策でもなさったらいかが?」


 捨て台詞のようにそう言うと、イシスはゆっくりと廊下を歩き出した。

 気品のある歩き方は、何処か妖艶にも見え、思わず見とれてしまう。


「覗き見の趣味は頂けませんわね」


 柱の影に立っていた俺の耳元でそう囁く。


「お気づきで?」

「ええ、もちろん」


 居丈高なその口ぶりも目線も、背中がゾクゾクするほど刺激的だった。ただ、残念なことに俺は単なる騎士である。王子の親衛隊ではあるけれど、今後王子が即位でもしたら平民上がりの俺は居場所が無くなる可能性が高い。

 イシスの無言の目線が何を言っているのか分かりきっていた。

 先程の話の内容から察して、王女のサロンにエスコートしろということだろう。

 俺は素直に手を出して、イシスのことをエスコートした。背中にアンリエッタの目線を感じるけれど、仕方がない。

 この世界ではイシスの方が悪役令嬢寄りだったということなのだろう。とにかく俺はイベントに巻き込まれないように立ち回ることだけを考えた。

 王女のサロンを眺めてみても、別段怪しい人物がいるとは思えなかった。王女の侍女は国教会からやってきた元孤児だと教えてもらった。王族が保証人になり、勤め先を探すらしい。そのための修行のようなものらしい。

 ミリアは丁寧な手つきでお茶をいれていた。出されているものは焼き菓子のようで、小さい口でも食べやすいように作られていた。

 疑いだしたらキリがないので、俺は王女のサロンを後にした。あの話はもう終わっているのだ。

 そう自分に言い聞かせてはみたものの、国教会が気になるので好奇心が抑えられなかった。




 王子の許可をもらって、国教会に………だったのだが、なぜか王子本人が着いてきた。いや、違うな。王子が行くからその、護衛として俺が着いてきた。というのが正式に正しいようだ。

 視察も王子の仕事のうちらしい。

 親衛隊は、年頃の男の子たちに剣術を教えたりして、ここを出てからの仕事についてアドバイスをしたりするらしい。手っ取り早いのは兵士になること。まぁ、俺と同じで軍の学校に入れば三色付きで学費もかからない。男の子たちには人気の就職先らしい。

 俺は始めてきたので、子どもたちの相手をするより、豪華な国教会に興味津々だった。孤児院のスペースを抜けて教会の方へ足を踏み入れる。

 ステンドグラスが綺麗だったり、見たことの無いデカいオルガンがあったり、グラフィック凝ってるなぁ。と一人で、感動していた。


「こちらになんの御用ですか?」


 多分、あほっ面で眺めていたであろう俺に向かって、優しくない声色が降ってきた。

 振り返るとどう見ても神父。どっからどー見ても神父が立っていた。そして、その顔は恐ろしいほど無表情だった。

 俺は一瞬、こんな攻略対象いたかな?と不謹慎な考えをしたけれど、いたのは神父じゃなくてシスターだった気がする。

 聖母子像を眺める目付きがイヤらしい。と叱られるのだ。不謹慎な騎士が来た。とシスターたちに嫌煙されるのだ。


「え、っと、俺の事?」


 まぁ、俺しかいないけど。念の為に確認。


「あなた以外に誰かいるとでも?」


 うわぁぁぁ、質問に質問被せてきやがった。仲良くなれないタイプだわ。


「初めて来たので見学してますけど?」


 仕方が無いので、もう一回疑問形を使ってみる。


「とても信仰心が厚い方とはお見受け出来ませんが?」

 くーーーーっ、そー返すかぁ!なかなかやりおる。


「人を見た目で判断してはいけない。と言われませんでしたか?」


 疑問形被せてやったぞ。


「変わった方ですね」


 そう言っても、神父の顔はこれ1ミリも笑っていなかった。

 こんな優しさの欠けらも無い神父のいるところで、子どもたちはスクスク成長できるのか?なんだかイラッとしたので、俺は神父に相手をしてもらうことに決めたの。そもそも、先にナンパしてきたのはあっちだしな。


「俺の知ってる教会と違って豪華だな」


 俺はそう言って神父に近づいた。俺より少しだけ背が低い。少しだけ視線を下げて向き合う。

 まぁ、俺も親衛隊の制服を着崩しているから見た目は良くない感じするよね?


「国が経営していますからね」


 知ってる。ここ、国教会だもんね。


「給料高いの?」


 そう言って、服の襟元に手を伸ばす。質のいい生地を使って仕立てられたキャソックは、体のラインがよく分かる仕立てだった。

 はっきり言って、シスターよりエロいと思う。これは、運営の女性陣の趣味だな。

 神父は俺の手を一瞥したが、払い除けることなく俺を見た。


「あなたほどでは無いですよ」


 神に仕える身ですから。と表情ひとつ変えずに答えてくれた。そーだよねー、お互い国に雇われてますもんね。


「じゃあ、同僚のよしみで案内して」


 手を払い除けられなかったので、襟に当てた手をそのまま首に回して顔を近づけてみた。

 整った顔立ちに、まつ毛が長い。鼻筋も通っていてなかなかのイケメンだ。

 攻略対象では無いけれど、個人的に攻略しておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る