第40話
「あれ?いない……」
目が覚めたら一人だった。王子が寝ていたらしいあとはあるものの、シーツは既に冷たくなっていた。陽の光の入らない寝室は、時間が分からない。
「お目覚めですか?」
衝立の向こうから声がした。俺のお世話をしてくれている侍従の声だ。十二、三歳ぐらいの少年で、一人二人ではなく数名いるから、残念ながら俺には区別がついてはいなかった。わかりやすいぐらいにモブと言った感じの髪型をしているし、何より薄暗いせいで顔の判別が付きにくいのだ。
「ああ、うん。おはよう」
俺がそう言うと、衝立がスっと動いて侍従の少年たちが三人姿を現した。ワゴンに乗せられた洗面器には温かなお湯が入っているようだ。タオルもしっかり用意されているから、俺は仕方なくベッドに腰かけて顔を洗った。
慣れないことをしたせいで、しっかり着ていた寝巻きの袖はビショビショになってしまったのだが、侍従の少年たちは気にしない様子で俺にタオルを渡し、ワゴンを下げた。
濡れた寝間着はあっという間に脱がされて、新しい服を着させられたのだが、またもやワンピースのような服で、強いて言えばズボンがあるだけマシだった。俺の記憶の中で一番近いものは、インドの男性民族衣装と言ったところだ。刺繍がされていてなかなか豪華な感じがするのが、何となく「マハラジャ」とか言いたくなってしまうところだった。
「朝食の準備が出来出来ております」
案内された先は昨夜の庭だった。まぁ、確かに日に当たらないと不健康になる。とは思っていたけれど、俺は朝から優雅にピクニックがしたかった訳では無い。だからといって、準備してくれた侍従の少年たちに文句を言う訳にもいかず、大人しく席について朝食を食べることにした。
温かな紅茶は高貴な方々の特権で、朝だからなのかミルクがたっぷりと注がれた。焼きたてのパンは柔らかくでとてもいい香りがした。厚切りのベーコンは俺の食欲に合わせているのか、三枚も皿に乗っていた。ただ、ゆで卵が固茹で過ぎて、若干飲み込みずらかったということだろうか。
食後のデザートとして出されたフルーツをゆっくりと食べていると、そこにデリータがあらわれた。
「元気そうね」
先触れも何もなく一人でやってくるあたりがデリータらしい。
「お陰様で」
自分の立ち位置がよく分からない。デリータは俺を王子に取られたと口にしたが、平民出身の俺を自分のものにしたい。と言えば、護衛としてそばに侍らせる事だと思うのだが、実際は全く違うことになっていた。
「お兄様が画策をなさっているわ」
「画策?」
「そうよ」
すました顔でそんなことを言ってきたデリータは、当たり前のように俺の向かいの席に座り、紅茶を飲み始めた。品の良い化粧を施し、淡い色のドレスに細かい細工のレースがあしらわれていた。こうやって見れば、童話の中のお姫様のようだ。いや、本物のお姫様なんだが、俺に対する言動が残念すぎて、黙っていれば、と言うことになるのだが。
「ここはね。お兄様の後宮なのよ」
いまさらながら、場所を知って俺は内心驚いた。後宮が複数あるだなんて初めて知ったからだ。王子の後宮って響きがすごいんだが、そこにいるのが俺って、現状がヤバい。
「私が、住んでいるのはお父様の後宮ね。お父様って国王のことよ?」
「さすがにそれぐらいは……」
デリータに軽くバカにされたようだが、近衛騎士でありながら、後宮が複数あることを知らなかったのだから仕方がない。
「分かりやすく言えば、その人が誰の女であるかになるわけよ。わたしはお父様の娘だからお父様の女という括りになって、お母様つまり王妃ね。お母様と一緒にお父様の後宮に住んでいるという訳。あんたはお兄様の女って扱いになるから、お兄様の後宮にいるのよ。わかった?」
いやいや、分からんて。
いや、分かりたくないって。
俺は頭を抱えたくなる衝動を抑えつつ、食後の紅茶をゆっくりと飲み干したのだった。
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