第10話

 とりあえず鍛錬したり、勉強したりしているだけで随分な給金が貰えた。

 俺は田舎の家族に十分な仕送りが出来て満足だった。しかし、この世界の仕送りシステムはどのようになっているのだろうか?現金を運んでいる様子は無いので、書類で作業していると推測される。だとすると、俺の家族に仕送りが届くまで一週間以上はかかると思われる。それでも、首都で兵士、しかも親衛隊はいわゆる騎士だ。街中で犯罪を取り締まる危険な仕事をしている訳でもないのに、高額な給料をもらってしまって、少々後ろめたくはある。


 まぁ、なんてことはないが、非番なので仕送りの手続きをしたついでに、街中をブラブラしている。

 本来なら、ここでコレットとの出会いイベントがおきるはずなのだが、


「離しなさいよ」


 ああ、やっぱり。

 コレットイベントが起きた。

 男性キャラが街中をブラブラしたら、必ずコレットイベントがおきるのだ。言っちゃなんだが、コレットは高確率で出現するキャラだ。攻略ルートも単純で好感度があげやすい。だからこそ、バッドエンドにハマった時は、破滅させられるのだ。

 まぁ、イベントなので、コレットを助けなくてはならない。


「いーじゃねーかよ、ちょっとぐらい」


 ニヤケ面の男たちが、コレットを捕まえている。まぁそれなりに細い手首をガッツリと掴まれているから、コレットは逃げられない。と言うわけだ。ゲームでは助けない。と言う選択肢もあった。が、それをやると高確率でコレットによって破滅エンドへと誘われるので、好感度が上がらないように親切にする。というのが、肝である。


「楽しそうだね。俺も仲間に入れてくれよ」


 ヒーローっぽくない助け方をするのが、重要である。ここでヒーローっぽい助け方をすると、あっという間にコレットからの好感度が上がってしまう。要するに、コレットはちょろいのである。


「なんだてめぇは」


 お決まりのセリフを吐かれて食傷気味になる。なんだってやられ役の雑魚モブはこうも単純に出来ているのだろうか?答えは簡単だ、制作側が予算をかけないから。イベントのためのモブに時間なんぞかけるわけがない。


「うーん、非番中の正義の味方、かな?」


 ゲーム中に、俺が言ったセリフをあまり覚えていなかった。なんか、砂糖吐きそうなセリフだったような気がするのだが、俺がやるべきことはコレットを助けつつ、好感度をあげない。

 だから、砂糖は吐かない。


「女の前だからって、カッコつけんなよ」


 よく聞くセリフを吐きながら、モブが殴りかかってくる。もちろん、ゲーム補正もあるけれど、日頃から鍛えている俺は難なくそれを交わしてモブの顔面を殴った。

 ああ、

 どー考えても、やっぱり、

 はぁ…


 人を殴るのは気分が悪い。


 コレットイベントのせいだと思うと、尚更コレットに対して嫌悪感が募る。

 コレットは悪くないかもしれない。が、コレットが悪いのだ。

 なんだって、こんなに下町に女ひとりでいるのだろう。

 イベントのためだけど…


「コノヤロウ!」


 ああ、めんどくさい。

 俺は、2番目のモブの攻撃を軽く交して、今度は蹴りを入れた。

 ああ、すげーいやだ。

 平和な日本で生まれ育った。格闘技の経験なんてない。とりあえず、部活はバレーボールだった。体にぶつかるのはボールか床だった。そんな俺が、人を蹴った。

 ああ、嫌だ。


 コレットのせいだ。


 俺の中でどんどんコレットへの好感度が落ちてゆく。まぁ、もともとないにも等しかったけど。


「てめぇ!」


 ああ、またしても三下モブのお約束。その辺に積んであった木箱で、俺に殴りかかってきた。そんなオーバーアクション、避けられなかったらただの運痴だ。

 俺はしっかりと避けて、手刀でそいつの手首を叩き、木箱を落として反対の拳で殴り倒した。


 ああ、気分が悪い。


「くっそ、覚えておけよ!」


 お約束なセリフをはいて、モブたちは逃げていった。俺、完全勝利。コレットイベント、これに完了。

 俺は、とりあえず助けたことになるコレットを見た。別段怯えた様子もなく、俺に助けられたのが当たり前とでもいうような顔をしているのが気に入らない。

 いや、助けたのが俺だからか?


「まぁ、こんな所に来るのね?」


 まず、お礼を言えよ、コレット。


「王宮の侍女がなんでこんな所に一人でいるんだ?」


 質問に質問で返す。好感度をあげるつもりは無いから、こんなにもんだろう。


「クレープが食べたかったのよ」


 そうだったっけ?

 よく覚えていないんだよな。

 でも、なんか、食べたかった。ってーのは覚えてる。


「そんなもん、ここじゃなくて城下町でいいだろう」


 そう、ここは下町。王宮の、侍女が一人でノコノコ来ていい場所ではない。


「こっちの方が安いもの」


 ああ、コレットらしい発言だ。

 なぜ自分が王宮の侍女になったか、稼いだ給金をどうしたらいいのか。分かっているからこそ、コレットは金にうるさい。


「こんな所を一人でウロウロしていたら、疑われるぞ」

「何を?」

「怪しいヤツらと繋がっているんじゃないか?ってね」


 コレットは、俺の立場を知っているからか、キュッと唇を引き結んだ。


「後ろ盾がなく王宮につとめるものは、なにか事が起きれば真っ先に疑われる。自分の身を守るためにもこんな所に出入りしない事をすすめる」


 俺が冷たく言い放つと、コレットはなお一層唇を固く引き結んだ。


「途中まで送ってやる。少し高くても城下町の店で買い物を済ませろ。あと、できるだけ仕事仲間と一緒に行動しておけ」


 俺がそう言うと、コレットは黙って頷いた。

 俺が歩き出すと、コレットは慌てて着いてきた。ゲームだったらたしか、コレットに手を差し出してエスコートしていたはずだ。砂糖を吐きながら……

 無理だ、俺にはできない。

 裏設定で、幼なじみだなんて、そんなドラマチックなものは要らない。

 大通りに出ると、俺は立ち止まった。これ以上コレットと一緒にいる理由はない。


「ありがとう…」


 コレットは、ものすごく小さな声で礼を言ってきた。俺がこれっぽっちも砂糖を吐かなかったからか、睨むような目付きだ。

 でも、まぁ、この間も言ったけど、俺はファルシオンではなく、シオンなわけだから、そんなに親しくはしない。


「気をつけ帰れよ。日没までに帰らないと閉め出されるぞ」

「分かってるわよ、そのくらい」


 コレットはそう言うと、可愛らしい店舗が並ぶ通りに向かって行った。コレットのような町娘とドレスを着た令嬢が入り交じってその辺だけがふわふわした景色だ。


「悪いが、一緒にクレープ食べるわけにはいかないんだよ」


 俺は、ゲームの攻略通りに行動をすることを拒否した。本来なら、コレットと一緒にクレープを食べるはずなのだ。城下町の物価は下町よりはるかに高い。それが甘味ともなれば尚更だ。貴族のご令嬢も来てしまうから、お安くしないんだよな。


「奢れなくて、すまんな」


 俺はコレットの背中に詫びると、食堂街にむかうのだった。

 俺が食べたいのは串焼き。焼き鳥というものは無いが、くしに刺さった肉を焼いたものを提供する食堂がある。それを食べで1杯呑みたいのである。

 すまん、コレット。俺は甘味より酒なんだ。

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