第43話 漫才
「あ、あの人!なんか顔が変!」
向かい側から歩いてきた下校中らしき5,6人の小学生の一人が私を指さした。それにつられて、周りにいた子たちも私の少し引き連れた皮膚を見て笑った。
真面目そうな女の子が「人の気にしてること言っちゃだめなんだよ!」とみんなを制した。
存在しているだけで大切な存在だ、それは理解している。しかし、他人に思うことはできても、それを心の底から自分に思うことは、難しい。それはこの社会ではなおさらだ。
私は、目の前の小学生に近づいていった。怒られたと思ったらしい彼らは一瞬で体を固めた。私は女の子の方を向いてしゃがむとこう言った。
「ありがとう。でも、気にしていないよ。このやけどの跡も含めて私なの。」
それは嘘かもしれなかったでも、そう言いたかった。鏡をのぞくと引きつれた皮膚を見て、少し気分が落ち込むこともあった。私は女の子に言うように、自分に言っているのかもしれない。
女の子を含めた、小学生たちは、よくわからないような顔をして走っていった。その後ろ姿を見つめながら、この子たちが自分を認めて生きていけますようにと願った。そして、私にできることがあるように思えた。
大学に着くと、正面広場の前のベンチに南と箕輪がいた。
今日は、卒業式の前日だった。
箕輪はスマホを取り出したかと思うと、マイクアプリを開いて、ポータブルスピーカーにつないだ。これだから後輩というのは面白い。南がポータブルスピーカーを正面広場の植木の中に隠し、音の調節をする。南は私と箕輪のマネージャーになることになったのだ。
箕輪の持ったスマホがセンターマイク、初舞台は大学の正面広場。
今のところ、観客は誰もいない。3月の日の光が雲のすき間から目の前に続く道を照らしている。私たちは世界に存在している。
「「どうもー!」」
「初めまして、箕輪です。」
「私はデブのめぶです。」
「いや、デブって、太ってないじゃないですか。」
「うん、太ってないかもね。」
「なんですか、それ。」
「でも、私が太ってたとして、箕輪は私とコンビ組まないの?」
「え、そんなわけないじゃないですか。」
「じゃあ、デブのめぶでいいじゃん。」
「どういうことですか。まあ、そうかもしれませんね。」
「箕輪はさ、自分を50音に例えたら何だと思う?」
「え、いきなりなんですか。」
「私は、『ぶ』かな。」
「ぜったいめぶの『ぶ』でしょ。」
「ううん、なんかうねっとしてるし、ぼてっとしてるし、あとかわいいから。」
「そんな感じでいいんですね。じゃあ私は『す』ですかね。」
「わかるなあ。」
「わかるんですか。」
「うん、なんかすっとしてるけど、くるってしてるところがぽい。」
「そうなんですよね。」
「こうなりたかったっていうひらがなはある?」
「…『ん』ですかね。なんか、こう元気で、愛嬌があるじゃないですか。」
「わかるなあ。」
「また、わかるんですか。いい先輩ですね。」
「私は『し』かな。まっすぐで、清潔って感じ。」
「なるほどねえ。いいですね。」
「でも、『ぶ』が『し』になってしまったら、め『ぶ』さん、め『し』になっちゃいますよ?」
「それは困る。お父さんとお母さんが、私が生まれた時に心の中に何かが芽吹いたからって理由で芽吹子ってつけてくれたのに、飯の子になってしまったら私じゃないじゃん。」
「でしょ?」
「でもだったら、『す』が『ん』になったら、『す』きって言えないよ?」
「なんかロマンチックなこと言いますね。」
「『す』きって言いたいのに、『ん』きっていうしかない。」
「それはちょっと困りますね...ちょっと猿みたいですもんね。」
「猿っていえばさあ、メイクしてると、本当は猿なのになあって思うよね。」
「わかります、わかります。猿はリスペクトしてますけどね。」
「遠い昔の猿が今の世界みたらどう思うだろうね、私たちもいつか遠い昔の猿になるんだろうなあ。」
「じゃあ、やっぱ『す』も『ぶ』もいりますね。」
「うん、いるねえ。」
「なんやねん、その話、意味わからんねん。」
後ろから声がして振り返ると、曽田がいた。
「あんなあ、『す』が『ん』になっても、その『ん』は特別やし、『ぶ』が『し』になってもその『し』は特別やからええねん!」
「余計意味わからんくしないでよ!」と南が笑っていた。
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