第25話 うねる髪の毛

 お湯の雨を頭から受けた髪は、さっきまでのさらりとした雰囲気を捨て、毛先からくるくるとまるまった。頃合いを見計らって、シャンプーをつけ懸命に頭をこすってみるが一向に泡立たない。


 私の髪の毛量はかなり多い。美容師によると普通の人の5倍、少ない人では8倍になるそうだ。それに加えてくせ毛で一本一本も太いので、何もしなければモップをかぶっているようになってしまう。


 今よりもくせがひどかった中学生の時のある朝、準備に時間がかかり、学校に5分ほど遅刻してしまったことがある。駆け足で校門を通りすぎようとした私に教師は、「大牧、その頭の様子だと寝坊だな!気をつけろよ!」と言い、さも言い当てたりというような様子で笑った。

 教師はわたしの束ねられていないくしゃくしゃの髪を見てそう言ったのだろうと私は「あはは、ばれましたか。」と笑って言ったのだが、実際は今朝はいつもより1時間早起きして、うねる髪をストレートアイロンで伸ばしてきたのだ。元々のストレートの子たちみたいに髪を下ろしてみたいという小さな乙女心の出鼻をさっそくくじかれた私は校門を通り過ぎると、すぐに玄関横のトイレですぐに髪を一本に縛って教室に向かった。


 高校生になると、母に相談して、美容院でストレートパーマをかけてもらえることになった。私の髪を見た美容師は「これだけ癖が強いと、ストレートパーマでは無理なので、縮毛矯正になりますねえ。」といい、元の倍の金額を提示した。少し顔をこわばらせてじゃあそれで、という母には申し訳なかったけれど、やっとわたしも「まっすぐ」になれることが嬉しかった。

 しかし、完成した私の髪は、頭皮から一本一本が針金を垂らしているようにビン!としていて何かかぶりものをしているようで、元々ストレートの子たちのやわらかくて優しい雰囲気とはかけ離れたものだった。生まれつき、という言葉を諦めるために使うようになったのはその頃だろう。

 

 大学生になると、不思議と幾分かくせはましになった。また、ストレートパーマのうまい美容院に巡り合うこともできたり、ストレートアイロンをうまく使えるようになったことで、梅雨や雨でない日、汗をかかない日という限定された時間であれば、朝十分に時間をかけてセットすることで、周りの子のようにまっすぐな髪を下ろすことができるようになっていた。

 ただやはり毛量が多いのは変わらず、シャンプーや髪を乾かすのには引き続き苦労していた。今日はどちらの間も同じことがずっと頭を回っている。


 ドライヤーを持っていない方の手でスマホを開いて、もう一度メッセージを見る。


「この前の散歩、楽しかったですね。僕も会いたいです。来週の水曜はどうですか。」


 「楽しかった」「会いたい」、思わず口角が上がるそれらの言葉とはうらはらに、指定されたのはかなり遠い日付だった。忙しいんだろうな、本当はあまり乗り気ではないのかな、会いたいな。いろんな感情が胸をしめつけるが、それと同時にまた同じ考えが頭に浮かぶ。


 私はこの人を好きなのだろうか。


 南と話してからこの考えがずっと浮かんでは消えを繰り返している。

 

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