第24話 南の恋


「え、その先も、って付き合ってないんだよね?」


 私の言葉に南は自分が責められていると感じたようだった。


「私だって自分が軽い女だって分かってるけど」


「いやいや、別にそういうことを言ってるんじゃなくて、南がいいと思ったんだったらいいと思うけど…」


 彼氏ができたことのない私にとって、付き合ってもない男の人とそういうことになるというのはドラマや小説の中の話でしか聞いたことがなかった。もしも現実の世界であるならば、「クラブ」や「パーティー」と同じ類の都会的でうすら影のある、自分の暮らす世界とは遠く離れたものだと思っていた。それが、こんな田舎の大学で、普通の大学生がというのは私にとって衝撃だった。


「でも、そういうことしたってことは尾野も南のこと好きだったんじゃないの?」


 私は素直で幼稚な疑問をぶつけたが、そういうものではないらしく、南は分からないと首を振った。


「私もその辺ちゃんとしたいなと思って、旅行の帰りの車の中で尾野に、これって付き合うってこと?って聞いたんだよね。」


私はなんだか緊張して「尾野、車買ったんだね。」とかピントのずれたことを言った。


「うん。そしたら、尾野はお笑いのビジネスで起業したいってその頃よく言ってていろんな説明会とか起業の勉強会とかにも顔出してるみたいだったんだけど。好きだけど、今はお笑いとか起業の勉強に集中したいから、ちょっと待ってって言われた。」


 それを聞くと、私の中の「普通」が一斉に、お笑い向いてなかったんじゃないんかい、勉強に集中したくて付き合わないんだったらそもそも手出してんじゃねーよとか言い出したが、目の前の南の顔を見ると口には出せなかった。


「で、それからも私も就活あるから1カ月に1、2回くらいしか会えなかったんだけど、何度かお互いの家でそういうことして。でも、夏休み入る前にやっぱりちゃんとしようと思って、大学の中のベンチに呼んで告白したんだ。付き合わないなら、もう、こういうことはやめるって。」


 南はどんな状況にあっても、どこかで自分で立ち止まり考えることができる。一緒に住んでいて気付いた南の信頼できるところの1つだった。


「でも、私のことはそういう風に見れないって言われて。しかも、その後に、よく大学で告白できますよね、って笑われて。」


 そういう南の声は後半かすれていた。泣いているようだった。


「でも、私は夢を持ってる尾野のこと尊敬してたし、応援してるから、いろんなことがあったけど、私は尾野を応援してるって後からスマホでメッセージ送ったんだけど、結局無視されて、なんか私ってなんなのかなって。」


 南が見せてきたスマホの画面を見ると、スマホに入りきらない長文のメッセージが、既読マークの付いたまま無視されていた。


 泣いている南を前に私はなんとか励まそうと、尾野のことを「クズ男!」と呼んだり、「最低!」「見切りつけてよかったよ!」などと言い放った。南の代わりに怒ったつもりでいたのだ。


 しかし、南はそれに対して「でも尾野にはこんないいところがあって」「尾野は夢があって」とまるで尾野の味方のように反論してきてわけが分からなかったが、何度かそのやりとりを繰り返して、やっと、この人は恋をしてたんだなと分かった。


 そう思った私は、南を励ます言葉をどうかけてよいかついに分からなくなった。


 私はこの人の気持ちを分かってあげられるのだろうか。私は恋をしたことがあるのだろうか。吉井さんに振られた後、吉井さんと付き合わなくてよかった理由を散々探していた私には、そもそも恋とはなんなのだろうかということさえ知らなかったのかもな、などと思っては、今は自分のことより南のこと!と頭のモヤモヤを消してはまた生まれてを繰り返していた。


 そんな中ではっきりとわかったのは南の恋愛はいつもうまくいかないが、この人は恋と呼ぶべきなにかをしているということだった。


 それをうまく言い表す言葉が出てこなくて必死で考えていたが、やっとたどり着いた答えは、またかというものだった。この前も浮かべたこの言葉は、私にとっては遠くて遠くで仕方がない。

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