第23話 南と尾野


「まあ、こんなん言ってるけど、岩崎恋愛下手だからの参考にもならないんだけどね。」


 一通りはしゃいだ後に、南がそんなことを言った。

 

 私たちの言う「普通は~」が生産性のない理由は、藤重が「普通」の通じない2個の後輩であるというだけじゃなくて、私たちのそれそれがすべてネットや人の受け売りだからだ。


 私たちはどちらも彼氏ができたことがない。

 最近まで太っていた私はともかく、南は私から見てもかわいいと思う。少し色黒で、目は大きく、少し団子っぽい鼻の下には、すんとした口がたまにニコっと笑うその顔は結婚を機に引退したあの美人女優が、もし南国の田舎で生まれて野山を走り回って遊んで過ごしたならこんな感じだろうなと勝手に思っているが、健康的で見る人を元気づける。


「岩崎は最近、ちょっといろいろあって、自分一生彼氏できないんじゃないかなって思ってきてさ。」


 私が南の顔を見つめているとその口は重々しげにそう動いた。


「どういうこと?」

「いや、ちょっといろいろあってさ、」


 南はこういう話の切り出し方をする。本当は言いたくてたまらないのに、2,3度相手の興味をけん制して、さらに引き出してから話し始める。以前の私はなんだかそれがすごく気に食わなくて、「そういう言い方面倒くさいよ」などと言って、南の機嫌を悪くしてしまうことが多々あった。


 南と話さなくなってから、何であんな風に言ってしまったんだろうなどと反省していたのに、再びこれを目の前にするとやはりちょっといらっとした。仲直りしたときには、自分が南のすべてを受け入れられるようになった気でいたが、そんなはずはなく、当たり前にお互いの気に食わないところ、自分の嫌いなところはそのまま存在していた。


 私はそういった気持ちを一旦ぐっと飲みこんで、さらに悲壮感を増してうつむく南に「ちょっとって何があったの?」と問う。


 すると、南は少しの間をとった後、「実は私、尾野に振られたんだよね。」と言った。


 私は「振られたって尾野に告白したってこと?」などと驚きながらも、尾野かと妙に納得した気持ちが共存していた。南は面食いだからだ。


 うん、とうなずく南は尾野を好きになった経緯を話だした。


 南は恥ずかしそうに、やたら割愛したりやたら詳細に述べたりしたが、つまりは、私との同居をやめて2か月後くらいに尾野から「相談がある」と言われ、食事に誘われ、話を聞いてみると、自分はお笑いに向いていないからサークルを止めようと思っている、ということだった。


「幸田が尾野に結構厳しいらしくてさ、少しの間とか表情とか毎回ダメ出しされるんだって。そう言われるたびに幸田に申し訳ないっていう気持ちが募るって、尾野言ってて。」


 南はそう言って尾野に同情しているようだったが、私は幸田に同情した。きっと尾野はこうしていろんな先輩や後輩に幸田の愚痴をこぼしているのだろう。あくまでも自分がお笑いに向いてないから悪い、幸田に申し訳ないというスタンスで自分を守りながら、かわいそうな役に徹しているのだ。本当に幸田に申し訳ないと思っているならば遊び歩かずにネタの練習でもすればいい。以前図書館で幸田がぼろぼろのノートに何やら必死で書いていた姿を思い出してことさら不憫になった。


「私も大巻さんと喧嘩して自分最低って思ってたからなんか共感しちゃって、その後も2人で何回かご飯に行って、ほらうちって友達から好きになること多いからさ。」


 自分が幸田と同じ扱いをされていたことに複雑な思いもないではなかったが、そんなことを思う前に次の南の言葉が飛び込んできた。


「それで春休みに2人で旅行に行ったんだよね。」


 南は視線をテーブルの左端にそらしてなんでもないように真顔で言った。けれどそれがなんでもないことは分かっているはずだ。


「え?泊まったってことだよね?」


 私は驚いてそう言った。うなずく南に、「2人で?」「部屋は別?」などと聞きたいことを聞けずにいた。南も私が何を聞きたいか分かっているはずなのに、いつも通りじらしているようだった。


「ファーストキスした?」


 私はやっぱり一番聞きたいところから少し手前の質問をしたが、南もしびれを切らしたようで、うんと頷いて「その先も」と言った。

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