第22話 後輩は宇宙人

 南を何度かはぐらかしたが、逃げられそうもないと諦めた私は、南にこれまでの顛末を説明した。

「それはやっぱ向こうもめぶさんのこと好きでしょ!」


 こういった話が大好きな南は私の報告を聞いてはしゃいでいる。もちろん、私だってこういう話は大好きだ。南と何時間、吉井先輩をあーだこーだと言ってはしゃいだか分からない。けれども藤重とのことに関しては何だか今までの感覚と違って、キャッキャと南に話すことができずに緊張した。


「そうなのかな。でも2つも学年違うと、感覚って違わない?」


 たしかにね、と深くうなずいた南は私が言った意味を分かってくれているようだった。


 私たちのサークルでは男女2人で食事に行くことは普通にあることだった。それはお笑いという土壌がそうさせているからかもしれないし、自分たちは男女を意識しない集団だという見栄もあったかもしれない。


 しかし、私たちはそれがサークルの外では違う意味を持つことも知っていた。男女が2人で食事をするときは何か用がある時か、どちらかが気がある時で、緊急の用ではない限り後者の可能性の方が高い。

 

 だから、私も藤重に食事に誘われたときは後者なのではないかと少し期待したのだが、現れた藤重はジャージだった。



 1年学年が違うと、世界に関する感覚が全く違うと私は身を持って知っている。



 中学1年生の時、陸上部に所属していた私は、始めての縦社会というものに苦戦していた。2,3年生は練習の時はくるぶし丈のカラフルなソックスを履いてくるのに、1年生はそれを禁じられ、制服を着ているときのまま白いハイソックスを履かないといけないという決まりがあった。真っ白のソックスのふくらはぎのあたりが自分の蹴り上げた砂や泥で汚れていくのは最初は嫌だったが、次第にそういうものなのかと思っていった。


 冬を超え、春になり私は2年生になった。薄汚れた白いソックスを脱ぎ捨てて、くるぶしの丈のソックスを履くことができるようになった。しかし、まだ3年生の先輩がいるので、同級生で相談してしばらくは黒やグレーの無地のものにしておこうということになった。そして新入生が入学してきて、私にも初めての後輩ができた。


 私たちは、くるぶし丈のソックスを履いて少し先輩面で少しドキドキしながら、始めての練習に来る1年生を待っていた。しかし、現れた彼らは赤、黄色、緑とさまざまなソックスを履いてきた。スクールバックの他に持つサブバックも同じようにカラフルなものだった。私たちが1年生のころは指定のサブバックがあったが、今年から廃止になったようだった。


 誰が「先輩」になるかは分からないもので、今までおとなしかった同級生が1年生に口火を切った。


「うちの部は1年、くるぶし禁止だから。」

 その様子を見ていた私たちは、初日からきついのではないかとひやひやし、また、こっそりともっとやれと思っていたのだが、その予想を超えて1年生たちは

「なんでですか?」と聞いてきた。


 そ、そういう決まりだから!とうろたえる同級生に、1年生たちは

「でも、くるぶしの方が走りやすいですよね?」と言い放ち、その場を凍らせた。


 そしてその日のうちに顧問に直談判しに行ったらしく、次の日には「そういう変な決まりは止めるように」と顧問から練習前に注意があった。どうせ言うなら私たちの時から言ってほしかったと思いながら、下を向くと、せっかく買ってもらったグレーのソックスがかわいそうになった。


 しかし、そういうさっぱりとした性格の後輩たちはそれから私たちとも3年生とも、後にできる後輩とも仲良くなった。単純に彼らは面白かったしかっこよかったのだ。


 高校でも、大学に入ってからも、後輩たちは常に予想のできない存在だった。私たちの同級生や先輩ならやめておくことをひょいとやってのけたりする、逆に私たちが必死でやっていることをひょいと止めてしまうこともある。

 ここが時代の分かれ目なのかと何度も疑ったが、後輩たちといつかそういう話をしたときに、自分たちも後輩のことは宇宙人のように感じると話していて驚いた。いつの時代になっても、後輩というものは常識や普通が通じなくて、ムカついて、魅力的な存在なのだ。


 だから、2個下の藤重が私を食事に誘う心境は、私や南がいくら私たちの普通を持ち出しても分からないだろう。けれど、やはりああではないか、こうではないかと話してしまうのはやはり南と話すのが楽しかったせいもある。

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