第26話 会いたい
小さな時から少女漫画を読んでいると、「あなたの恋は実らない」と言われているような感覚があった。
少女漫画の男の子は、みんなの人気者で、いつも周りの女の子は彼に気に入られようと試行錯誤しているが、一方、少女漫画の主人公は、いつも素直で前向きで明るく、自分のことを大切にしている。彼におかまいなく自分の信念を貫く姿に彼は周りと違う魅力を感じ、好きになっていく。
そんな主人公の言動はいつもまっすぐで、共感できなかった。
私は「そんなことをしたら彼に嫌われるのではないか」とか「こうした方が楽なのに」「そんな人は放っておけばいいのに」と子どもながらに思っていて、私が共感するのはいつも主人公のライバルや周りの目立たない友人がだった。でも彼は必ず主人公を好きになって、彼女たちの恋は実ることはない。
藤重は、私のことを食事に誘ってくれた。楽しい、会いたいと言ってくれる。私も藤重に会いたいと思う。
けれど、もしかしたら私は藤重が「好意を持ってくれている」かもしれないから気になるのではないか。藤重のことを好きなのではなく、「自分に好意を寄せてくれる相手」だから好きなのではないか。
これは南がしたような「恋」なのかどうかわからない。私たちは、南よりも、主人公よりも、ずっと計算高くて、卑怯で、屈折している。
やっとのことで髪が乾いた。ドライヤーを片付けると、ひとまず返信だけしてしまおうと思ったのは一つでも返信していないメッセージがあると気になってしょうがないのは昔からの性分からだ。
けれど、その後私の藤重に対する気もちをちゃんと整理しよう。紙に書いてみるのもいいかもしれない。私は机の上にルーズリーフとペンケースを準備してスマホを開いた。
「来週の水曜日、大丈夫です。」
続けて、「早く会いたいです。」と指が動いた。
しかし、この人のことを好きといってよいか分からない。だからやっぱり、早く会いたいです。という言葉だけ消した。
私はルーズリーフを束から一枚抜き取ると、今の気持ちを言葉にしようとペンをとったが、その次の瞬間スマホが鳴った。
メッセージ、ではなく、電話だった。藤重からだった。
「…もしもし?」
「あ、もしもし。藤重です。いきなりすいません。」
事実、突然で私はかなり動揺していたのでえ、あ、いえいえ。などと変な声で言ってしまった。しかし、藤重の次の言葉で私はさらに動揺した。
「あの、やっぱり早く会いたいです。」
私がさっき間違えて、その言葉を消さずに送信してしまったのかと思ったが、あの言葉を消した指先の感覚には覚えがあった。私が、え?と聞き返すと、藤重は続けた。
「もしよかったら、…今から散歩しませんか?」
私は今から?とさらに変な声を出して、別に明日は何もないのに時計を見ると23時過ぎだった。
そして机の上のまだ真っ白のルーズリーフに視線を移し、断る理由を思い浮かべるとなぜか一番に髪がうねうねだから、ということが出てきたが、その次には課題があって、バイトがあって、宅急便が、朝早くてとどんどん断る理由が浮かんできた。けれど、やっぱり、それにもまして、会いたい、と思ってしまった。
「…1時間、いや、30分だけください。」
こんな状況でも身支度の時間を瞬時に計算した自分が少し面白かった。
「30分でも1時間でも大丈夫です。じゃあ、家の前まで迎えにいきますね。着いたら連絡します。」
藤重は、どういう感情なのかわからない声でそう言って電話を切った。
今の状況にドキドキする暇もないほど、やることは山ほどあるように思われた。机の上のルーズリーフにごめんと思いながらそれらを片付け、そこに鏡とヘアアイロン、メイクポーチを置いた。アイロンを温めながら服を着替え、薄くメイクをすると、10分近く経っていた。
熱くなったアイロンを持ち、再度鏡をのぞき込むと、私の髪はさっき乾かしたもののまだ水分を多量に含んでいるようでやはりうねうねと広がっていた。気が付くと、そのままそれを眺めていて、そして、「会いたい」のは本当だ、と思った。
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