第27話 夜の散歩
アパートの下に着いたので、準備ができたら降りてきてください。ゆっくりで大丈夫です。と藤重から連絡がきたのは、電話を切ってからちょうど30分後だった。
私は髪全部にアイロンをするのをあきらめて、前髪と表面の毛だけをまっすぐにして一本結びにするところだった。そうすれば一見、全ての髪がまっすぐに見えないこともない。
ゆっくりでいい、藤重のメッセージにはそう書いてあったが、あまり待たせるわけにはいかないと急いでゴムでぐるぐると髪を縛った。
玄関を出て、階段を下りると、藤重は空を見ていた。
「ごめん、お待たせしました。」
私が言うと藤重は、空からこちらに視線を変え、こんばんは、と言った。
じゃあ行きましょうか、と藤重は私の隣にに立った。私たちは無言のまま、しばらく歩いて、大きな道路まで出ると、少しあたりが明るくなった。
藤重がぽつりと「今日は一日中課題をしていました。」と言った。
「勉強大変なんだね。」
私がそういうと、藤重は「そういうわけではないと思うんですけどね。」と不思議そうな顔をしていたので、私は南の顔を思い出して「10行書いては1行目に戻って読み返して、全部消すタイプでしょ。」と笑って言うと、「なんでわかるんですか!」と今度は驚いた顔をした。
どうやら南と同じタイプらしい藤重に、私はいい気になって「レポートを書くときには、何をどういう順番で書くか、計画を立てないと!」などと少し自慢げに話して、君はこだわりの強いタイプだからね、それしないと泥沼にはまるよ、と先輩ぶった。
藤重はなるほどなあ、と言いながら笑っていた。私たちはいつのまにか手をつないでいた。
私たちは気の向くままに歩いた。いろんな話をして、たくさん笑った。向こうにレンタルビデオ店の明かりが見えると、私たち以外にもこの時間に起きている人はいるのだというあたり前のことを思い出した時、藤重が私の手を少しきゅっと握った。同じことを考えていてくれたら、なんて夢見がちなことを考えているのだと恥ずかしくなる。
真っ暗になった大きなスーパーの角を曲がった時、私はもう折り返し地点なのだと気付いてしまった。どちらから曲がったのでもない。気の向くままに歩いているようで、本当はそんなことできない。私の家をスタートにして、大きく回って私の家に着くような、そんな暗黙の了解で歩いていることに気づかないふりをしていた。
スーパーの角から少し離れたところで藤重が好きな本の話をした。そういえば、南と仲直りできたのは、この前貸してもらった本のおかげだったと思い出し、それを話すと藤重はとても喜んでいた。
「めぶさんもけんかとかするんですね。」
こんなに優しそうなのに、そう続きそうな声で藤重がそういうと、私の胸には罪悪感のようなものが生まれた。
「…藤重が私のことをどう思ってるかは分からないけど、たぶん私は君のことを騙していると思う。」
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