第40話 ホットコーヒー

 店に入ると、リョウがいた。前に飲み会をしていた時とかなり雰囲気が違うように見えたのは、髪が茶髪から黒になっていたからだろう。彼も就職するんだなあと思った。


 レジの前に立ち、「ホットコーヒーをください。」とほほ笑んで言った。

 リョウは一瞬、何かを思い出すような顔をして、固まり、口を開いた。


「もしかして…、めぶちゃんだよね?」

 リョウは、何かに怯えているように見えた。

「うん、デブのめぶです。」私は少し意地悪を言った。

「あの、その時のこと、後からサキに聞いて…。俺、酔っ払ってて本当にごめん。めぶちゃんはあんときも、今もすごい綺麗だし、もうデブじゃないし、デブだなんて言って本当にごめん。」


 彼の顔はとても誠実だった。会社に入ったら彼も誰かに叱られたり、理不尽なことで頭を下げるのだろうか。そんなことが浮かんできて、その代わりに「大丈夫」という答えはスカスカなものになった。


 まだ目を泳がせているリョウに「あのホットコーヒーを」というと、彼は、あ、と慌てて、レジに何やら入力した。


 受け取ったコーヒーを熱く感じなかったことで、私の手がとても冷えていることに気づいた。無言で店を出ると、次に何をすべきか分からなくなった。


 反対車線に曽田が見えるのは幻だろうか。今朝、変な夢を見たせいかもしれない。

 しかし、幻は「めぶー!」とぎこちなく、手を振っている。


 そうか、あっちに進めばいいんだ。私は「今行くわ。」と関西弁まじりの変なイントネーションで返し、車道を渡ろうと歩きだした。

 しかし、「めぶっ!!」とさっきの声色の違う叫び声が飛んできて、その次の瞬間、コーヒーが宙を舞ったのが見えた。

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