第2話 曽田という人
「じゃあ、今日の打ち合わせはこんな感じで。」
みんなにそう言い終え帰り支度を始めた私に、曽田裕二が話しかけた。
「めぶ、帰りごはんでも行こうや。」
私は一瞬言葉に詰まり、
「今日宅急便が来るから…。」
と咄嗟に、以前後輩が言っていたものを転用してしまう。
しかし曽田は屈託なく笑い、
「え、そうなん。じゃあ、めぶんちで鍋でもしようや。」と言った。
曽田には悪いが今私の部屋には、大量の弁当やおかしのゴミとそれに群がるよくわからない小さな虫がたくさんいる。とてもじゃないが人を上げられる状況ではない。
私は観念した。
「…それならごはん食べに行こう、宅急便にはネットで連絡しとくから。」
私の前に差し出された担々麺を見て、私の胃がまたきゅうっと音を立てた。
「めぶ、めっちゃお腹すいとるやん!」
曽田が塩ラーメンを引き寄せながら言う。あはは、と笑ったがそれは違っていて、打ち合わせの1時間前に「食べた」ばかりなのでお腹はあまりすいていない。
私たちがご飯を食べにいくとなるとだいたいラーメン屋かファミレスだ。一部を除いてあまり男女を意識しない私たちのサークルでは、こうして男女2人でご飯に行くこともめずらしくない。
「あんな、めぶに話したいことあって。今日打ち合わせでめぶが言ってた出番順ってどういう意図なん?」
曽田は人に反対意見があるときは落ち着いて疑問形から入る。必ず相手の言い分を聞いてから自分の意見を言う曽田はいかにも教育学部らしい。
「もう夏だし、1年生に自分で1から笑いを取るってことの喜びを知ってほしい。打ち合わせでも言ったけど、やっぱそれが一番大きい。」
曽田が透き通ったラーメンの中に箸を置く。
「けどな、まだ夏やで。一発目に1年生出すのは厳しない?」
「大丈夫だよ。あの子たちももうかなり力つけてるし。」
いや、でもと食い下がる曽田に、じゃあもうちょっと考えてみると言いながら私はレンゲで挽肉をすくい口に入れた。
帰り道、点々と灯る街灯に導かれるように私たちは自転車を漕ぐ。
ちょっと考えてみる、と言ってから私たちの間の空気は重かった。曽田はおいしいなあ、とか涼しいなあと言っていたが、それは私に向けられたものというよりはこの気まずい時間に投げかけられたもので、やっぱり優しいなと思った。
「でもな、俺はめぶがディレクターやる舞台は信用できんねん。がんばろな!」
衝突に曽田がこっちを向いて言った。それが優しさなのか本心なのかは分からなかったが、曽田は、眩しいなと思った。
反対側の歩道の上空にセブンの看板が光っていた。「私ちょっとコンビニ寄って帰るね。明日の朝ごはん買いに。」といいハンドルを切ろうとすると、予定外に「じゃあ俺もコンビニ寄ってくわ。」と曽田も同じ方向にハンドルを切ってきて、車道を渡ることになった。
買い物が終わり、曽田に別れを告げると、私はセブンのパンの入った袋を下げながら家の近くのファミマに寄った。レジでハンバーガーとティラミス、杏仁豆腐、抹茶アイス、カフェオレが袋に入れられるのを見ながら私は一生曽田にはなれないんだろうなと思った。
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