第9話 掃除

 最後に頼んだソフトクリームが口の中で溶けていくと、ゴミ袋の散らばった真っ暗な部屋が脳裏に浮かんだ。

「南、今日このままうちに泊まりに来ない?」

 え、今から?と狼狽する南を見て、心の中で言った言葉が口から出てしまっていたことに慌てた。

「あ、いやなんか、一人で帰るのさみしいなあとか思っただけ!でも明日1限あるもんね!教科書とかもないしね。」

 冗談っぽく笑ったがそれが逆に寒々しい。そんな私に南が何か言った。


「ちょっと家に荷物取りに帰ってからでいいならいいよ。」

 私が、え?と聞き返すと、南はそう繰り返したのだった。

「え、でも家ちょっと遠いし大変じゃない?」

「まあ、そんな遠くないし、大巻さん家の方が大学に近いし、一人だと朝起きれないし。」

「でも、うち今かなり汚いけど大丈夫?」

 南の家は遠いし、1限は早いし、うちは汚いし、あとは…いつのまにか必死で南が泊まりに来ない理由を探していた。いや、南が断る理由を探していたのだ。自分の孤独感を誰かに泊まりに来てもらうことで埋めようと思ったことに罪悪感を持っていた。

 しかし、南はもう氷だけになったグラスに視線を落としながらつぶやいた。

「岩崎も一人で家帰るのさみしいし。」

 私ははっとして

「そうだよね!一人暮らしさみしいよね。私も寂しいから泊まりに来てよ!」とおねだりをするように言った。


 南と居酒屋の前でいったん分かれて急いで自転車を漕いだ。部屋のごみを片付けたかった。コンビニの前を通りすぎると、胃が痛んだので、今日はここには寄らないよと言い聞かせてやると安心していた。


 南の家は、見たことない人に説明するならば「ゴミ屋敷5ヶ月目」だ。

大学1年生の頃、掃除を手伝ってほしいと言われ、部屋に行くと部屋の真ん中でスイカが爆発していた。なぜ一人暮らしなのにスイカ1玉あるのか、なぜそれが台所ではなく生活導線のど真ん中にあるのか、なぜ爆発したままなのかなどいろんな疑問が浮かんだが、それらは、なぜこの人はこの惨状を人に見せられるのだろうという大きな疑問によって消え失せた。そしてまたその次の瞬間、それは私の腹の中で大爆笑に変わった。


「なんで、一人暮らしでスイカ1玉持ってんの!ってかスイカ爆発させるってよくバラエティー番組とかのびっくり事件でやるやつじゃん!ってかその前にこのゴミ!ひざ下10センチって洪水や積雪の表現以外に使うと思わんかったわ!」

 腹を抱えて笑っている私を見て南は恥ずかしそうな嬉しそうなよくわからない顔をして笑っていた。


 そんなことがあってから、私は南には自分の弱みを見せられるようになった。今まで彼氏ができたことがないこと、本当はサークルのあの人が苦手なこと、太っていることがコンプレックスなこと。親友かつ姉妹のように感じている。

 だけど、私に過食の癖があることはどうしても言えなかった。

 家が遠くに見えて、次第に大きくなっていく。今日、南が家に泊まれば、今夜は過食をしないで済む。そう思うことにやはり罪悪感はあったが、今はそれよりも限られた時間でどこから過食の痕跡を消すかを考えるのが先決であった。

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