第7話 南という人

 10分遅れで入った講義室の真ん中らへんで南が小さく手を振った。200人ほど入る大講堂だが、みんな下を向いてスマホを見ているので、南が少し顔を挙げるとすぐわかった。


 うちの学部のいいところは、遅刻がそんなに咎められないところだ。ゼミでの師匠である教授に聞くと「まあ、大学生なんて全部自己責任やからな。そいつが困るだけや。」と言っていた。そんな教授は教育学部の教授とかなり仲が悪いらしい。


「大巻さん、寝坊ですかー。」息を切らして座った私の横から南がからかってくる。


 南は私のことをなぜか、大巻さんと呼ぶ。みんなは芽吹子という下の名前から「めぶ」と呼ぶので、大勢の中にいても南から呼ばれると一瞬で分かる。南はなぜか自分のことも岩崎と呼ぶ。


「いや、全然起きてたんだけどね。なんとなく。」


 着替えた後、太った体を全身鏡で見てたら、家から出たくなくなった、なんて朝の9時から伝えることではない。


「南、今日夜ひま?」

 教授は誰も聞いていないのを知りながら空に向かって話し続けている。

 今日は、と言いながら南が手帳を取り出す。ちらりと除くとかなりの癖字、というか端的に言えば汚い字で課題などが記されていた。


「岩崎、今日はバイトなんです。」

「そうか、南と久々飲みに行こうかと思って、また今度にしよ。」


 ずっと週2ペースで自主企画の打ち合わせや互いにネタ見せ等を行っていたので、打ち上げが終わってからこの1週間はかなりさみしかった。スタッフ兼芸人をしている南もどうやら同じ気持ちだったようで、ぼそっと「バイト休んじゃおっかな。」と言った。


「え、大丈夫?」

「まあ元々課題間に合わないから休もうと思ってたし!」

「でもアルコール入ったら課題できないじゃん。」

「この時間と昼休みでなんとかやる!」


 そういうと南はバイト先のカレー屋とのラインを開き、「体調不良なので休ませてください。申し訳ありません。」と打ち、紙飛行機のボタンを押した、かと思ったら私の方を見て「やばいかな?」と聞いてきた。


 それは南のバイト先の心象的に?人間的に?社会人的に?と混乱したが、自分のさみしい思いが上回ってしまい「バイトだしね、大丈夫じゃない?」と言った。少しの罪悪感に苛まれたが、南が、だよね!と思いっきり送信ボタンを押したので、南も私にこの言葉を言ってほしかっただけなんだなと少しほっとした。

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