第6話 しゃれたもん

 二次会はなんだかおしゃれなバルのような店で行われた。教育学部の行きつけだと誰かが言っていたが、きっと発信源は曽田なのだろう。人数は半分程度になっていた。


 私が3杯目の赤ワインを頼むと、「まためぶがしゃれたもん頼んどんで」と隣にやってきた。そういう曽田は左手になんだかしゃれたラベルが貼ってあるビールの瓶を持っている。


 視線を感じて向こう側の机を見ると、置いていかれたらしい尾野が嫉妬むき出しの顔でこちらを見ていた。勘弁してくれよと思いながら半分分かっている質問をする私は卑怯である。


「曽田、尾野はいいの?」

「あいつは結局先輩全員に同じこと言って回ってるから大丈夫や。今日の俺の分はやりきった、他のやつに任せよ。俺は店じまいや。」

 やはり想像通りの答えが返ってきたが、実はそうではないことも曽田はわかっているのだろう。


 尾野が「自信がない」「辞めたい」などと言うセリフをだしに先輩や後輩の間を回るのは酒の席だけではない。尾野はそうして自分の言ってほしいセリフを相手から引き出すくせに、結局それは尾野の中には全く溜まっていかずに流れ落ちていく。


 私たちの視線の先にいる尾野の席に、1年生の女の子が赤ら顔で近づいていった。尾野が曽田をちらりと見てから女の子を隣に座らせた。


「あー、あの子もええセンスやったのに。ほんとあいつ顔だけはええからな。」


 まあねー、と言いながら新しく来た赤ワインに手を伸ばす。尾野のあの顔に、「実は俺自信なくて…」と言われることに特別さを感じる女の子が多いことは分からなくもないが、尾野と関わった子は結局泥沼に落ちていき、サークルを抜けていく。

「なんでやねん!」

 尾野の笑い声が向こうで響く。尾野が欲しいのは曽田の言葉だけなのだ。尾野は曽田に心底憧れている。



「なあ、めぶ、次は何する?」

 曽田はビール瓶から直でビールを飲んでいる。一次会でまとっていたベロベロでっせというような雰囲気はすでに脱ぎ去っているらしい。本当は、曽田はかなり酒に強い。


「うーん、大学の構内にあるベンチを全部、私たちで座っちゃって、それぞれ大学の構内のベンチに座る人の設定でコントしたい。」


「…めっちゃええやん!」いつものように曽田の顔がパっと輝く。


「俺やったら、ベンチに座ってたけどいきなり昔の血が騒いで踊り出すっていう元ダンス部やりたいな。」


 そういうと曽田は立ち上がり、ロボットダンスを始めた。その奇妙な動きは私たちだけでなく、他の客までの注目を集めクスクスと笑いが起こった。


「曽田さんベロベロじゃないすか!」という後輩の笑い声に、ロボットは調子づいて阿波踊りを始めた。2拍子を刻みながら他の客のテーブルとテーブルの間を回り始めるロボットに、後輩たちも続いた。


 ナッツを食べながら赤ワインを飲んでいると、店のオーナーにひとしきり怒られた曽田が帰ってきた。それ大学でやったらフラッシュモブだと思われて、その日誕生日の人とかそわそわしちゃうんじゃないかな、と言ったら、曽田はたしかにな、と神妙な顔をしてビール瓶に口をつけていた。

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