第13話 誰かがきっと見てる

「ここまでで大丈夫です。」

 そう言って自宅の近くのコンビニに車を止めてもらったのは21時前だった。タンメンにお礼を言って車を出ると、会釈をしながら、手を振るタンメンを見送った。

 そして、車が車道に出て、完全に見えなくなったのを確認してコンビニに入る。

「いらっしゃいませー。」という声をすり抜けてパン売り場に向かう。

 たくさんのパンの前で、さっきのタンメンとの会話を思い出していた。

 

「この歌、めぶさん好きでしょ?」

 タンメンは何かを思い出したようににやっとした。

「あ、はい。好きです。」

 この曲は以前、タンメンに最近おすすめの曲を聞かれて紹介したものだ。あまり売れてはいないロックバンドなので好き嫌いは分かれるかもしれないなと心配していたのだが、こうして聴いていてくれたのだなと嬉しくなった。


「この前、吉井君とドライブいったんだけど、そんときこの歌流れて、めぶのおすすめ曲って言ったらめっちゃテンション上がってたよ。」


 その言葉に私もテンションが上がった。

「嬉しいです。」私が照れながらそう言うと、タンメンは

「吉井君が嬉しがってたのを教えたら、嬉しがるだろうなって思って。」とまたニヤついた。


 吉井君、とはタンメンの同級生、つまり私の1つ上の先輩で、私は2年生の時から憧れていた。きっかけは分からないが、いつもシンプルで、よく見れば高そうなブランドものでまとめられたファッションやいつもけだるそうなところ、それなのにたまに言う鋭いツッコミは周囲に爆笑を巻き起こすところなどに徐々に惹かれていった。

「で、めぶが吉井君のこと気になってるって言ってたなあと思って、タイプを聞いてみたんよね。」

 私はタンメンに緊張が悟られないように、左のサイドミラーを見た。

「吉井君はぼんきゅってした人好きなんだって。あと明るくてちょっと天然ぽい人が好きって言ってた。」

「…こんちゃんですね。」

 すべてが私と真逆の、それぞれの要素をつなぎ合わせた先にこんちゃんがいた。


「そう。で、こんちゃん前にサークルん中だったら誰が一番タイプかって聞いたときに、吉井さんですって言ってたから、それ伝えたらめっちゃ喜んでたわ。」

 私はそうですか、といいながらなんでもないフリをした。


「吉井君は無理や。やめとき。」

 関東出身なのに、関西弁を話すタンメンの声を無視して流れている曲に耳を澄ました。


 家に帰るとあたり前のように誰もいなかった。南は夜中の1時までバイトだ。まだ4時間は帰ってこない。

 机の上に、メロンパン、ハムチーズパン、ラーメン、コーヒーゼリー、シュークリーム、ショートケーキ、ビスケットを次々と並べていった。その1つ1つが私をこんちゃんから一歩一歩遠ざけているのは知っている。

 でも、だったらこのすり減った何かは誰が埋めてくれるのか。私は無我夢中でそれらを口に押し込んだ。

 さっき車でかかっていた音楽をもう一度かける。


 去年、サークルの同級生の中で新しい代表を決める話合いがあった。その際、事前にどういう人が代表にふさわしいか、どういう人に代表になってほしいかを聞いてきた人がいた。その人は黒いマジックを取り出して線を書きだした。その線は連なって文字になっていく。『考え込まない人』『明るい人』『コミュニケーションが上手にとれる人』『ポジティブな人』ホワイトボードに書かれていく文字はそれぞれが私にお前じゃないと言っているようだった。正直私は一番サークルのこともお笑いのことも考えている自負があったし、みんなから代表に推薦されるかもしれないと思っていた。しかし、みんなが推薦したのはこんちゃんだった。


 『誰かがきっと見ているなんてことはないよ』、その曲だけが私の気持ちを理解してくれるような気がした。

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