第12話 タンメンという人

 18時にタンメンが大学の正門の前まで車で迎えに来た。

 地方にうちの大学には大学生でも自家用車を持っている人が多い。タンメンもその一人で、こうしてよくドライブや食事に連れていってくれる。


「めぶさん、こんばんはー。」

 助手席のドアを開けるとタンメンがそう言って右手を挙げた。大学生にしては変わった挨拶だが、いつもタンメンに別に疲れてないときにお疲れ様というのはおかしいと持論を展開しているのを聞かされているので、私もそれに倣ってこんばんはと会釈する。

 助手席に乗り込むと車が動きだした。


 タンメンは前を見たまま、今日は授業がなかったから午後まで寝ていたこと、だから何も食べていないこと、一緒に住んでいる友達の久美さんは朝から友達と遊びに行ったことなどを一通り話した。1年生の頃はタンメンの話すことの節々に大学生感を感じ、憧れていたが、自分も同じような生活を送るようになってからはその会話も何気なく聞き流すようになっていた。


 大学からだいぶ離れた時、

「めぶはなんか食べたいものある?」

 タンメンにそう聞かれたが、正直胃の中にはまだ昼間に食べた小麦の類が残っており、いつものごとく胃はキシキシと痛んでいた。

「うーん、とくにこれといってはないですけど、野菜、ですかね。」

 タンメンは野菜かあ、とつぶやきながらそのまま回転ずしチェーン店の駐車場に入っていった。


 コンベアに乗って流れる寿司を右手に私たちは向かい合って座った。

 タンメンは〆サバが一番好きだと言って2皿連続で食べていた。正直私はタンメンの話に相槌を打つのが精いっぱいで何を食べているのか分からなかった。


 タンメンの話は6割が、サークルの中で誰がやる気がない、誰が見込みがあるという話、3割は今後のサークルの方向性だった。そしてお互いの皿が7皿重なった頃にいつものように残りの1割を話し始めた。


「最近、やっと就活もしてるんだけど、自分のことがよくわからなくてさ。めぶからみて私のいいとこって何だと思う?」


 いつもこうだ。理由は毎回変わるが、結局私をご飯に誘うときは毎回自分のいいところを言えと言ってくる。ここに酒が入ると、みんなの前で「めぶはうちのことめっちゃ尊敬してるんよな。私の好きなところ10個言って!」などと言ってくる。


 サークルに入って、当初はそれもかわいがられている証拠だなどと思っていたが、最近はタンメンの人やサークルの批評と同じように、いいところを言わされることにうんざりしていた。

「…人間くさいところですかね。」

 私はタンメンの3回目の〆サバに視線を落として言った。


「なるほどー。というのは?」

 タンメンの顔にはこれから褒められるのを知っているというばかりに笑みがこぼれている。

…ここで私が、自分の自信がなくなったときだけに後輩を呼び出して、太鼓持ちをさせて自尊感情をどうにか高めようとする卑しいところですかね、と言ったらどうなるのだろうという考えが頭に浮かんだ。しかし、私の口から出るのは違う言葉だ。


「後輩に‥‥、いいところもかっこ悪いところも全部見せてくれるところですかね。」


私はそう冗談交じりで答えた。これが私の限界だ。きっとこの人が代金を払うであろう寿司をむさぼりながら、相手を罵倒するなんてことはできそうもない。

それから帰るまでタンメンのいいところとかっこ悪いところの具体的なエピソードを延々と話させられた。最後の1割だと思っていたその会話は、最終的に考えると全体の5割ほどの時間だった。

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