第34話「体は食べ物で出来ている」
目の前には数時間前に勝ってきた食べ物が広がっていた。それらは私を本当に満たすものではないと気付いたばかりで、正直全部捨ててしまいたかったが、なんだかそれはできずに、食べよう、と決心した。
それぞれを口に運ぶたびに、それらの食べ物に助けられた日々を思い出した。
ホットスナックのから揚げは、吉井さんに片思いをしていた時、カップラーメンは新しいネタが観客に全く受けなかった時、プリンは、藤重と別れてからよく食べたものだった。
どれもずいぶん食べたものだったのに、味も覚えていなかった。けれど私はこれらの食べ物のおかげで生きてくることができたのだなあと改めて感じることができた。私は手を合わせ、「ありがとう」と言った。そして、これからは自分で生きていくから、と食べ物たちに、自分に誓った。
食べたものを片付けると、私はペンケースからハサミを取り出し、風呂場へ向かった。
風呂場で鏡を見ると、胸の下の方まで伸ばした髪がうねうねと広がっていた。私は一呼吸し、その髪をつかむと、持っていたハサミを耳の上あたりで握った。
「めぶちゃんのサラサラの髪、かわいいねえ。」
ばさり、という音と共に、いつかの飲み会で言われたセリフを思い出した。
「俺、ロングの女の子、ちょー好き。」
ばさり
「めぶって男受け狙ってんの。」
ばさり
「清楚って感じ」
ばさり
風呂場の床には大量の髪の毛が落ちている。
私の髪は耳より少し上くらいになり、ショートカット、というにはおこがましい散切り頭になった。けれど、誰から女として称賛されることも、羨望の眼差しを向けられることも期待していない、この髪は、私だけのものだと思えて気に入った。
そのままシャワーを浴びて、窓を見ると、外はもう白みかけていた。
もう朝は来ないと思ったのに、朝は来たのだ。
今日はちょうど木曜日でゴミ出しの日だ。そんなことを思い出すのもいつぶりだろう。私はそのまま、大量のごみ袋を持ってゴミ捨て場に行った。
外は明るくて、空気が引き締まっていた。
昨晩まで動けずにいたのに今こうしてゴミを出しに行っていることが不思議だった。でも、まだどうしようもなく暗いくらい夜の感覚はこの胸にしっかりと残っている。
ゴミを全部出し終えると、部屋はかなりすっきりしていたが、それでも、まだだ、と思った。
「さすがめぶはおしゃれだね。」
「そのバンドに目つけるとはね。」
「いい趣味してるね。」
ハイヒール、ネックレス、本、CD…。私は自分を着飾っていたものを手当たり次第ゴミ袋に入れて、口を縛っていった。ゴミ袋が増えるうちに、どこからが世界でどこからが自分か分からなくなったが、私は世界を食べて、世界が私を満たしていたから当たり前かと思い直した。「体は食べ物で出来ている」という昔見た広告を思い出した。
だが、心機一転のために散髪して、断捨離するなんて、型通りの行動をしている自分を見るもうひとつの目がなかったわけではない。けれども、今の私には、やっぱり世界も、その目も、捨てなければならないものだと思われたので、私はせっせと体を動かし続けた。
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