でぶ
秋野清瑞
でぶ
第1話(1)大巻 芽吹子
「体は食べ物で出来ている」
吐き気がした。それは嫌悪を覚えた、という比喩ではない。私は実際に胃のあたりに猛烈な気持ち悪さを感じていたのだ。体質ゆえ実際に嘔吐、はしないが、連日の過食に痛む胃にこれ以上何か食べ物を詰め込まない方がいいのはどんな医者が見ても明白だろう。しかし、私は目の前に散々と並ぶ食べ物に抗うことはできなかった。
買い物カゴが重くなるにつれて持ち手がぶにゅぶにゅの左腕に食い込んでいく。
さっきの広告を思い出しながら、私の周りには今まで食べてきた食べ物たちが脂肪となって何重にも折り重なっていることを実感した。こすれる太ももの痛みとキリキリとしみる胃の痛みは、この背中を押さえつけられて胸をえぐられているような、自責の痛みに比べればなんでもない。
寄生虫が、寄生先の生物の脳を操作し水辺に行かせることによってその恩恵に預かるという話を世界が受け入れるならば、食べたくないのに、食べずにはいられないという、この衝動も寄生虫か何かが私を動かしているというように分かりやすく説明してくれれば。そうすれば幾分か生きやすいのに、とカゴに弁当と温くなっている焼き餃子を入れながら思った。イヤホンからはロックバンドのボーカルの叫び声が爆音で注ぎ込まれている。
アイスコーヒーとケーキ、バニラアイスを追加したカゴの中を覗くと、物足りなく、というより、正しくは足りなかった時の恐怖を思い浮かべ、一旦アイスを戻してパンコーナーへ向かった。サンドイッチと他にもいくつか商品を追加して最後にアイスを入れるころには、左腕に掛けていたカゴは両手でしか持てないほど重くなっていた。
痛む胃を抑えながらレジに並んで、平日の昼前ににぎわっている主婦や老人を何とはなしに見ていたが、誰かと目が合うたびに自分がどう見られているかが気になり、結局なるべくカゴを隠して、目を伏せて、イヤホンから音楽を流しこんだ。しかし、今も頭の中では「デブ」「痩せろよ」「太い足!」という声が絶え間なく鳴り響いていてしょうがない。
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