第29話 サンドイッチ

 藤重と私は大学のベンチで会うようになった。なぜなら、藤重は寮に住んでいたし、私はまた南と住むようになっていたからだ。


 藤重はまだ2年生なので授業がたくさんあり、放課後も課題があったり、サークルがあったりと忙しいようだった。そのため、必然的に私たちは藤重の授業が入っていない昼間の時間に会うことが多かった。


 今日は3限に会う約束をしているから、その前にある昼休みと続けて2時間半も一緒にいることができる。購買で買ったお昼ご飯を持って走り寄る、ワンピース姿の私に気づき、藤重は満面の笑みを浮かべた。


 付き合ってから気が付いたが、藤重はかなり私のことが好きなようだ。私を見てはニコニコとし、いつもかわいい、かわいいと言ってくれる。席に座るなり、今日も藤重は私を見て、「今日もかわいいね。」とほほ笑んだ。私は照れ隠しで買ってきたサンドイッチを必要以上に大きな口でかじった。


 こんなに幸せでいいのだろうか。好きかわからない、とかそんなことを言っていたのがうそのように、私は藤重のことが大好きだった。私はいつか、今まで私が直面してきた嫌なことや、私がしてきた頑張ったこと、いいことは実は幸せとして貯金されていて、それが今全部一気に払い戻されたのだと思った。それくらい、藤重の存在は、私にとって、今の私も今までの私もすべて肯定してくれるような存在に感じていた。


「藤重、嫌いな食べ物は何ですか。」

 私がコーヒーを飲みながら聞いた。藤重は寮で作ってもらったらしい弁当を食べていた。中にはキーマカレーが入っているのが見える。

「ナスかなあ。」

 藤重は少し考えてそういうと、あの色は人間が食べていいものじゃないでしょ、と言った。付き合ってから、藤重は付き合う前からたまにため口で話すこともあったが、付き合ってからはもちろん私に敬語を使わなくなっていた。


「人間っていえばさあ、今日も私メイク頑張ってきたんだけど、」

「うん、なんか目のとこがキラキラしてると思った。」

 藤重は私と付き合って少しずつファッションの知識をつけていっているらしく、最近新しい洋服を着てることが多い。


「いつもメイクするために鏡見てたら、ふと元は猿なのになあ、ってなんとも言えない気持ちになるんだよね。」


 藤重は共感してくれると思ったが、何それと笑っていた。


「自分がメイクしてるときだけじゃなくて、例えば脱毛サロンのCM見ててもそう思うし、あ、あと、筋肉すごい鍛えてる人とか見ても思う。」


 藤重の眉がピクリと動いた。「どういうこと?」


「よく、動物でその集団の中では羽が鮮やかなほどモテるとか、頭のこぶが大きいほどモテるとかあるよね。もしそれでその動物たちが羽を鮮やかにするために果物をつぶして体をこすりつけてたり、こぶを大きくするために頭を木にガンガンぶつけてるのを見た時って人間はなんかおもしろいって思ってるけど、同じように人間も野生の猿が足の毛をいかにつるつるにするか試行錯誤してたり、顔が小さいのがモテるとかいう風潮があったり、筋肉を大きくするためにオスが筋トレしてるのと同じだとしたらって思うとなんともいえない気分になるの。」


 別にそういうことをしている人たちをバカにしたいわけじゃない。現に私はメイクをして、毎日アイロンで髪を伸ばしているし、見た目をすごく気にしてきた。けど私は元は猿なのに、と思うと、なんだか面白くなって、少し肩の力が抜けるときがある。


 藤重は少し不思議そうな顔をしていたが、ふっと笑って、そうだよなあ、と言った。

「俺、実は自分の体型がコンプレックスなんだよね。」


 私は驚いた。藤重はすらりと細身で身長も男性の平均くらい。だが、顔が小さいので、まるでモデルのようなスタイルだからだ。


 藤重は私の思っていることが伝わったらしく、説明を始めた。

「俺、昔から太れない体質で、こうやって細いのよくからかわれてたんだよね。だから野球部のでっかい奴らとかすごい羨ましかったんだけど…」

 藤重は、ふふ、猿かあ、と言ってまた笑い出した。


 そうだよ、元は猿だからね、と言って、一緒になって笑っていると、手元のサンドイッチが目に入り、最近普通にご飯を食べれていることに気が付いた。少し前までは、サラダやスープといったカロリーのほぼないと思えるものしか食べられなかったのだ。


「うん、私たちなんて、元は猿なんだから。」

私はもう一度そう言ってサンドイッチにかじりついた。

 

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