第31話 満たされない


「今大学いる?」そう藤重から連絡が来たのは、私が家にいる時だった。

 私がそのように返すと、藤重は「授業がいきなり休講になったから、よかったら会おうかと思ったけど、家にいるならやっぱりいいや」と答えた。


 私は休講だと言われたらいくらでも今すぐに自転車を飛ばせるくらい、いつでも藤重に会いたかった。

 けれど、藤重は「やっぱりいいや」なのだな。きっとむしろ私のことを気遣った何気ない一言なのに私は寂しくて寂しくて仕方がなかった。


 我慢できずに「藤重は私に会えなくて、寂しくないの?」と、そう送った。

 すぐに返信がきた。

「会いたいとは思うけど、寂しくはないかな。」


 この人は「好きだ」「会いたい」「楽しい」「嬉しい」、そんなプラスの感情だけを私に示してくれる。


 でも、私は、藤重が一緒に歩いているサークルが子が私より細くてかわいいことに嫉妬するし、2人でご飯に行って欲しくないし、藤重にもっと会いたくていつも悲しいし、寂しいし、いつも藤重のことばかりを考えている。


 私ばかりこの人のことが好きみたいで、すごくすごくみじめだと思った。


「じゃあ、もう会わない。」

 私は衝動的にそう送っていた。


 すぐに藤重から電話がかかってきたが、私は無視した。

 15分後に部屋のインターホンが鳴って、ドア越しに見ると藤重だった。


 南はバイトだったので、藤重を無言で部屋に入れると、机の角を挟んで、2人斜めに座った。


 藤重はただ黙っていたので、私がしびれを切らして、「寂しくないんだったら、もう会わなくていいじゃん。」と言った。


「会いたいよ。」

 藤重はそう言ったが、私は「でも寂しくないんでしょ?」と言った。


「私はもっと藤重に会いたくて、寂しいのに、なんでもっと寂しいって思ってくれないの?」


 藤重は黙っていた。下を向いて黙っているその態度がいつかの南と重なって、これではいけないと思ったが、私はどんどん苛立っていった。


「いつも藤重の空きコマしか会えなくて、君の中では忙しい中、私に会ってやってるって感じなんだよね、きっと。けど私は毎日君のことしか考えてなくて、君と会ってない時間は、“それ以外”の時間なんだよ。ずっと君に会えるのを待って過ごしてる。いいよね、私だって、そうやってすましてたかった。私が君の立場だったらよかったのに。」


 きっと藤重はそんなことを思っていないし、私の立場になっても「寂しい」とは言わずに「好きだ」と言うだろうと思ったが、撤回はしなかった。

 藤重は顔を上げて何か言いたそうだったが、やはり再度顔を下に向けて黙っていた。その様子を見ていると、なんでもっと私に必死になってくれないのか、もっと私のことを思ってほしい、そんなもっと、もっとが頭の中を埋めていった。


 私は来ていたブラウスを脱いだ。そして藤重の手を取り、下着の上から自分の胸を触らせた。


 私たちは、付き合ってからまだそういうことをしていなかった。キスも私からだった。


 藤重が私に一生懸命になる姿が見たい一心だった。けれど、藤重は私の手を払い、怒ったような顔をした。だから私は「私がデブだからでしょ。こんな格好になっても全然興味も湧かないんだ?ずっと手も出してこないと思ったら、そういうことね。私が醜いから浮気する心配とか嫉妬とか束縛もないんだね。」と、心底傷ついたような顔をして泣いた。


 藤重が「違う。」と怒って言うのを無視して私は大袈裟にわんわん泣いた。

「もっと、私のことを好きになってよ。」

そう繰り返す私の横で、藤重は何も言わなかった。


「もう別れよう。」私はしゃっくりの間にそう言った。

 思えば、私は小さい頃から母に怒られるたびに「めぶなんて、もう消えちゃえばいいんでしょ。」と泣いて拗ねていた。そうすれば、母は「なんてこというの!」と言って、優しく抱きしめてくれることを知っていたからだ。


 藤重は「いやだ。別れたくない。」と言ったけれど私はまだ足りなかった。


「やだ。もう別れる。」


「俺はめぶに会いたいと思ってるし、すごく好きだよ。」藤重は今まで考えていたことをすべて吐き出すような切実な声で言った。


「別れたいって言ってるじゃん!」私はまだまだ満たされなくて、藤重が困ることを分かっていて、それでもそう言った。


 じゃあ…と言った藤重の声に違和感を感じたのはそう言ってしばらく経ったときで、私は驚いて顔を上げた。


 私は藤重が泣いているところを初めて見た。


「じゃあ…別れようか…。」そう言った藤重は顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣いていた。


 私はなんてことをしてしまったんだろう。目の前が真っ暗になったが、後戻りする術を知らなかった。


 藤重は立ち上がると、私の脱いだブラウスを拾い、しゃがみ込むと私に着せながら小さく「ごめんね。」とつぶやいた。


 何も返事をせずにいると、玄関のドアががちゃんと閉まって、そう言えば彼がこの部屋に入るのは2度目だったななどとどうでもいいことを思い出して、泣いた。

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