第19話 カルピスサワー

 席に座ると、私はハイボールを、藤重はカルピスサワーを頼んだ。見たことのある店員で、そういえば南と来た以来この店に来てなかったことを思い出す。


 この前のかなり酔っていたときとは違い、何を話そうか、何も頭に出てこなかった。


 すると、藤重が自分のスマホを取り出し、一枚の写真を見せた。それは河原のようなところで、大学生であろう海水パンツ姿の5人の男性たちが、後ろを向いて右手を突き上げている写真だった。


 正直苦手な写真だった。


 カップルが2人で足元だけを映している写真も、ピースをつなぎ合わせて星を作っている写真も。そういえばこの後ろを向いてみんなで右手を突き上げるポーズは商品開発のメンバーでもやっていたなと思い出す。みんながしていることをなぜそのまま、何の照らいもなくできるのだろうか。きっと吉井さんは「そういうのダサない?」と言って笑うだろう。


 藤重は写真を見つめる私に「この前、川に友達と行ったんですよ。俺どれだと思いますか?」と聞いた。男性たちはみんな締まった体付きで何人かはかなりいい筋肉がついていた。


 私の中の吉井さんが「筋肉自慢とかダサない?」とまた笑った。私がきっとこの人だろうなと思う人を指さすと、藤重は

「そうです。よくわかりましたね。僕弓道やってたんで、背筋には自信あるんです。」と笑った。その笑顔に、あれ、と思った。


 藤重はそれから、川で泳いだことがすごく楽しかったこと、泳げないのに飛び込みをして本気で溺れかけたこと、ずっと撮ってみたかったこのポーズで写真を撮れて嬉しかったことを話した。


 その間にも私はあれ、あれと思い、今自分が彼に対して抱いているこの不思議な印象を言葉に変換しようと考え、苦戦していた。


 見たことのあるあの店員がハイボールとカルピスサワーを机に置いた。


「1杯目に男がカルピスサワーってダサない?」前に吉井さんはそういってビールを頼んでいた。


 私がハイボールを持ち上げると、氷がガラリと動く。

 藤重がカルピスサワーに口をつけようとすると、そっちの氷もガラリと動いた。

「カルピスサワーっておいしいですよね。」

 本当においしそうに嬉しそうに言う藤重を見た瞬間、わかった。

 

 藤重は「まっすぐ」だ。


 あまりに単純な言葉で拍子抜けした。なんでこんな簡単な言葉が出てこなかったんだろうと思ったけれど、それは私が「まっすぐ」から遠く離れてしまったからだろうと気が付いた。


 もう一度ハイボールを口に運ぶ。舌の上を通る液体は苦くて甘い。ふとジョッキを大きく傾ければ、向こうにいる藤重が見えるのではないかと思ったのだが、傾斜に従ってさらにごくごくとハイボールを飲んで液体がすべてなくなっても、ジョッキの中の氷は光を幾重にも屈折させ、その向こうは見えなかった。

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