第44話 焼肉
「曽田先輩、何しにきたんですか。」箕輪が聞くと、
「何しに来たやなくて、見に来たんや。」
「ほんとですか?」
「…実は、教員、正規落ちて、ギリギリまで臨時受けとったんやけど、それも落ちててさ。でも、さっき、採用した人が棄権したから、繰り上がりで来てくれますかって連絡があって、やっと採用決まって、誰かに言いたかってん。」
「曽田、学校の成績もいいし、人当たりもいいのに、何でそんなに落ちてたの?」
すると、南がにやっと笑った。
「ああ、それはなあ...。」渋る曽田を待たずに南が言う。
「曽田は、志望理由に、「生きてるだけでスペシャルな世の中にする」って書いたんだよ。」
「お前言うなよ!...案の定、教育委員会のお偉いさん方には、面接でバシバシ突っ込まれて落ちたわ。でも、受かったからな!こっちのもんや!」
私と箕輪は顔を見合わせて笑った。
「私たちも、がんばる。」
南はそれを微笑ましそうに見つめていた。
向こうの方から「めぶー!」と大好きな声がした。
「お、めぶダーリンがきたで!」
藤重は私に駆け寄ると、藤重は私を抱き上げてくるくると回した。細身の藤重には私はきっと重いのだろう。彼のこめかみに力が入っているのが分かった。
藤重の腕から降りて、回転した世界を見る。
藤重、南、曽田、箕輪…。お母さん、お父さん、幸田、尾野、タンメン、リョウ、レイ、サキ‥‥小学校の同級生、親戚、先生、今まで会ったたくさんの顔が浮かんだ。
たくさんの人に傷つけられて、救われて、人の弱いところも強いところもも見た。
みんな生きることと戦っていた。どうにか、自分の腹を満たそうと、自分を認めようと、世界に存在しようとしている。この世界は辛くて、寂しくて、せつないことばかりだからだ。私たちは、そのたびに傷ついて迷うだろう。自分を認めるということはこんなにも難しいからだ。
でも、でも、やっぱり、私たちが生きているということは何よりも大切で、美しくて、素晴らしいことだ。
私は周りの人がちらちらとこちらを見ていることに構わずに、
「ねえ、なんかみんなでおいしいもの食べようよ!」というと、
「「「焼肉!!!」」」
と南と箕輪と曽田が一斉に言った。
「よし!じゃあ、曽田んちにみんな肉と酒、持って集合で!」
「「「ラジャ!!」」」
今度は南と箕輪と藤重が一斉に言った。
「おいおい、俺んち明後日明け渡しなんやから!もう、しゃーない!油飛ばすなよ?いっぱい肉持ってこい!あと、米も!あと、呼びたいやつおったらだれでも連れてこい!」
よし、いっぱい食べるぞ!と、意気込むと、あちらこちらで、ぐうぅと音が鳴った。その中でひときわ大きく、ぐるるるぅううう!と鳴ったのは私の腹だった。
すると、遠くから大学の事務員らしきおじさんが怒った顔で走ってきた。
「こらあ!君たち、何、勝手にスピーカーを設置しとるんだ!しかも、マイクを通して会話するな!」
スピーカーを通して、まだぐぅぅうと鳴っている腹の音は、まぎれもなく私たちが明らかにこの世界に存在していることを証明するものだった。
「おじさんも焼肉しませんか?来てくださいよ!」
曽田がそういうと、おじさんのお腹がぐきゅるるぅぅと鳴り、スピーカーを通して、響き渡った。
私たちは生きているだけで喜劇なのだ、おじさんの照れて笑った顔をみてそう思った。
私は藤重と見つめ合ってキスをした。とてもおいしい味がして、私の腹はまたぐるるるぅううと鳴った。
〈完〉
でぶ 秋野清瑞 @rirontohouhou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
生活綴方/秋野清瑞
★2 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます