第37話 好きなもの

 次の日、私は財布を持って家を出て、美容院へ向かった。

 渡された雑誌の中から自分の胸が一番高鳴る髪型を選んでお願いした。


「自分で自分を認めるんです」


 鏡に映る自分を見ながら、箕輪が言ったその言葉を思い出していた。私の後ろでは美容師が絶対に自分で切ったのだろうという私の頭に困った顔をしているのが見えた。


 雑誌をめくると、白いキャミソールを着たモデルが、「好きな自分でいる方法」というタイトルでインタビューを受けていた。自分の好きなところや、お気に入りのものを堂々と話す記事を読んでいると、自分を認めるということは、自分を好きになるということなのかもしれないと思った。


 私は自分を好きでいるだろうか。なんとなく感じてはいたことだったが、そうではないと、すぐ頭にうかんだのは少しショックだった。


 完成した髪型は、襟足を映す美容師の鏡にも気を使わない、と腹に決めていた私でも、十分に気に入るものだった。この髪型は、好きだ、そう思えた。ついでに眉毛もカットしてもらい、メイクもかなりこだわりの注文をつけてしてもらった。


 その足で、服屋へ行った。買った服はそのまま着せてもらった。ショーウインドウに映る私は、さわやかなショートカットで白いロングのワンピースに青色のコートを着ていた。


 髪型、眉毛、メイク、コート、ワンピース。私が身に付けているものは、全部が私自身が好きなものだ。


 胸が高鳴った。これだと思った。自分の中に、私が好きなものを詰め込もう。

ワンピースの中に、毛だらけの足を取り残しているのに私の足取りは軽かった。

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