第39話 完全に……入った

『カカカカ! 一瞬ひやりとしたぞ。だが、それも杞憂だった。さすが俺様だ! 愉快愉快愉快だああああああ! 俺様は気分がいい、遊んでやろうじゃあないか』

「っく」


 一旦グジンシーと距離を取る。

 再度流し斬りを奴に打ち込んでやるか迷ったが、ソードバリアなる魔法が不明であることから引くことを選択した。

 グジンシーはまだまだ他の手を持っているかもしれない。ソードバリアを破る手段を見極めつつ、機会を窺った方がよいだろう。

 一か八かの手に出るにはまだ早い。

 

『闇より尚昏い深淵よ。束ねて出でよ。オーバードライブ・ベンジフルスピリット』


 グジンシーの頭の上から常闇のローブを纏った足の無い亡霊のようなモンスターが次から次へと出現する。

 その数……なんと10!

 大きさこそ人間と同じくらいだが、この気配……一体一体がリッチ……いやそれ以上だ。


「多数相手ならお任せを。星よ。今一度、その理を紐解き形となりて顕現せよ。シューティングスター!」


 サーヤの願いに応じ、虚空に幾重もの光の球体が顕現しグジンシーをも巻き込んで亡霊たちへ降り注ぐ。

 光に触れた瞬間、じゅうという焼けるような音を立て亡霊たちは消滅する。

 一方でグジンシーはまるで効いた様子がなく、表情一つ変えていなかった。魔法が効果を示さないと聞いていたけど、まったく効かないとは……。

 少なくともグジンシーに四回は光の玉が直撃していたのだが、無傷となると攻撃魔法では毛ほどの傷もつけることができないと思っておいた方がいい。

 

『そうだった。そうだった。魔法使いもいたのだったな。ソウルスティール』


 グジンシーが指をパチリと鳴らすだけでソウルスティールが発動する。

 奴にとってソウルスティールは息を吸うような軽く扱える魔法ってことか。発動速度が尋常ではない。

 といっても、いくらソウルスティールを放ってこようが、こちらも一瞬にして潰すことができるんだぜ。

 サーヤに纏わりついた赤い線は即座に彼女自身によって断ち切られる。

 

「サーヤ。何度か斬りつけてみようか」

「はい。私も魔力の消費を抑えつつ、魔法をぶつけてみます」

『無駄無駄! ヒャッハハハ! 痛くも痒くもねええ! とっととあの世に行きな! アルティメットマジック クリムゾンフレア』


 あ、あれはマズイ。

 今まで体感したことのない魔力がグジンシーの手の平に収束していき……ま、まだ魔力が高まっている。

 

「お任せを。いくら一撃が大きくとも。一撃は一撃です。兄さま、そのまま私を背負って斬り結んでください。星よ。今一度、その理を紐解き形となりて顕現せよ。ゾディアック・ウォール」


 太陽の光と見紛うばかりの目が焼けるほどの光が収束しグジンシーに立ちはだかった。

 奴はそれにも構わず魔法を放ったようだが、何が起こっているのか分からぬまま光の壁は消失してしまう。

 恐らくグジンシーの放った魔法と光の壁が相殺し、対消滅したのだと思う。

 俺はそんな攻防など構いもせず、目を凝らす。

 眩し過ぎてグジンシーの姿をハッキリと確認できない状態ではあるものの、赤い線だけはハッキリと目に映った。

 

「剣技 第一の理 流し斬り!」


 だが、剣を振るう前に赤い線は黒い筋に覆い隠され先ほどと同じように弾き飛ばされる。

 

「星よ。今一度、その理を紐解き形となりて顕現せよ。スターライト」


 弾かれ流れている剣の後ろから柔らかな月の光が降り注ぎ、グジンシーを照らした。

 しかし、この攻撃もまた奴に対し何ら効果を及ぼさない。

 ダメか。

 今一度、距離を取ろう。

 後ろに大きく飛び上がり、10メートルほど下がったところで着地する。

 

『ぐう。これはたまらん。目が焼けるううってな。ざーんねん。目つぶしであろうと魔法なら、俺様には無駄無駄! さあて、どこまで持つか見ものだ』


 このままではじり貧だ。

 こちらの攻撃は通らないことに対し、グジンシーの魔法はサーヤが無効化してくれない限りこちらは傷を負う。

 長引けばどちらが有利なのか、火を見るよりも明らかだ。

 しかし、こういう時こそ焦ってはいけない。焦りが判断を狂わせる。

 探れ、無敵の技なんてものはない。

 その証拠に、俺とサーヤが対抗手段がないと思われたソウルスティールを無効化したではないか。

 

「兄さま。もしかしたら……なのですが、あの黒い筋を消すことができるかもしれません。瞬きする間くらいになるかもしれませんが」

「おお、何か手があるなら試そう。サーヤの魔力も心配だ」

「正直、あと数発撃てば枯渇します。ですが、その前に必ずや」


 グジンシーに気取られぬよう、サーヤは感覚共有の力を使い俺の心の中に語りかけてくる。

 言葉を発することと違って、心の中での意思疎通は曖昧な事しか伝わらない。

 だが、サーヤのやりたいことが何となく伝わった。

 

「サーヤ。俺はサーヤを信じる! 俺の全力を持って奴に一撃を入れてみせるさ」

「兄さま。きっと、いえ、必ずうまくいきます!」


 背に乗るサーヤと顔を寄せ合い、頷き合う。

 もちろん、こうした会話をしている間にグジンシーが大人しくしているはずもなく……常闇のローブを纏った足の無い亡霊がグジンシーの頭上から再び出現していた。

 これに対し、サーヤも先ほどと同じ魔法を放ち、奴らを消滅させる。

 グジンシーの手は分かりやすい。サーヤになるべく大きな魔法を使わせ、魔力の枯渇を狙うってところだろう。

 彼女の魔力が切れれば、俺一人の剣技で奴の魔法を全ていなすことは相当に難しい。

 直線的な攻撃ならばまだしも、同時に四方八方から攻撃を喰らえば、俺の魔力もすぐに枯渇する。

 

 サーヤを背に乗せ、三度加速。

 奴の目前に来たところで――月下美人を鞘に納めた。

 

『奇をてらったつもりだろうが、無駄だあ! 俺様が魔法しか使わんとでも思ったのかああ!』


 グジンシーが指先の爪を立て、下から振り上げるようにして俺の腹を狙う。

 予想はしていた。

 奴が物理攻撃に出ることは。

 だが、奴はやはり詰めが甘いかった。これも予想通り!

 グジンシー。突き刺す攻撃に出たことがお前の致命的なミスだ! 

 俺は、ここに留まっているぞ。

 

「ぐ、ぐう」

『カカカカ!』


 勝ち誇った奴の高笑いが響き渡る。

 それもそのはず、奴の爪が深々と俺の下腹に突き刺さっていたからだ。

 激しい痛みが襲い掛かるが、そんなもの構いはしない。俺の体が動くのならそれで問題ない!

 ここからだ。

 

「星よ。今一度、その理を紐解き形となりて顕現せよ。ウェイクアップ スターバースト」


 サーヤの凛とした声と共に、星を束ねた剣――七星剣が俺の手の平にすっと収まった。


「剣技 第一の理 流し斬り!」


 これでどうだ!

 黒い筋にそって七星剣を添えると、黒い筋が消失し赤い線が顔をのぞかせた。

 物理でも魔法でも効果がないのならば、両方の属性を持った攻撃を加えれば活路が開ける。

 サーヤの推測が当たっていた。

 

 この瞬間を待っていたぞ! グジンシー!

 柄に手をかけ、月下美人を引き抜く。

 

「剣技 第一の理 流し斬り!」


 グジンシーに奔る赤い線。

 水が高いところから低いところに流れるがごとく、流麗に驚くほど自然な動作で長剣が赤い線に吸い込まれて行く。

 導かれるように赤い線をなぞった剣筋は、終点まで一気に奔り抜けた。

 

「完全に……入った」

『な、なんだと……こいつはたまらん……』


 グジンシーが赤い線にそって左右に別れ、そのまま地面に崩れ落ちる。

 だ、だが、俺の方も出血が激しく意識が朦朧としてきた。

 

 サーヤが俺の背から降りたようで、ふわりと体が軽くなる。しかし、それでも自分の体重を支えることができなくなってしまって、前のめりに倒れてしまった。

 

「兄さま! ヴィクトール兄さま!」


 サーヤの悲壮な声も急速に遠くなって……。

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