第9話 共に歩もう
う、ううむ。
太陽の光が容赦なく瞼に突き刺さり、くぐもった声が出てしまう。
負けるものかと謎の対抗心を燃やし……ん?
「うおおお!」
寝ている場合じゃねえ。流し斬りが完全に入り、デュラハンが消滅していく姿を見たところまでは覚えている。
だが、あの後どうなった!
ガバリと頭をあげたところで、長い睫毛を伏せる銀髪の少女が目に映る。
「ん、こ、ここは」
ここにきてようやく自分の置かれた状況を理解した。
気を失った俺はベッドに担ぎ込まれ寝かされていたようだ。
はたとなりベッドの傍らで椅子に腰かけていたサーヤを凝視する。
「三日も……眠っていたのですよ」
絞り出すように彼女はそんなことを言った。
疲れ切った顔から察するにずっと俺の看病をしてくれていたのだろう。
「ごめん、えらそうなことを言ってこれじゃあ世話ないよな」
「目覚めなかったらどうしようかと……サーヤは心配で心配でなりませんでした!」
ぽろぽろと大粒の涙を流すサーヤに言葉が出ない。
憔悴しきった彼女へ聞いてよいものか躊躇するものの、聞かずにはいられなかった。
「あの後、村は」
「覚えてらっしゃらないのですか……黒犬はヘクターさんたちが全て仕留め、兄さまがデュラハンとヘッドレスホースを」
「よかった。それと、ありがとう。サーヤ」
彼女のほっそりとした小さな手を両手で包み込むように握り、頭を下げる。
だけど、彼女は俺をじっと見つめたまま小さく首を振った。
「ご無理をせずと申し上げても、兄さまは死地に飛び込んで行くのでしょうか」
「ごめん。俺の挑戦は、夢は……うん」
「申し訳ありません。兄さまを責めるつもりで申し上げたのではありません。兄さまが向かうところ、私も連れて行ってくださいませんか?」
「……もちろんだ」
「守ってください、というわけではありません。共に歩みたいのです」
コクリと頷き、彼女の手を握ったままの手に力を込める。
向かう先は修羅の道。それでも、彼女が共に歩みたいと言ってくれるのなら、共に歩こう。彼女と共に。
果ての果てまでも。
「サーヤ」
「はい」
「そうと決まれば、サーヤも修行しないとな!」
「もちろんです! ヴィクトール兄さまの足を引っ張らぬよう、精進いたします」
涙で晴らした顔に力が籠る。
俺が君を必ず護ると宣言なんてしない。彼女もそれを望んでいないだろうから。
でも、どちらかしか生き残れぬ状況に陥ってしまったとしたら、喜んでこの身を差し出す。
そんな事態にはさせないけどな。
「あ……」
「ん?」
決意を新たにして彼女から手を離し起き上がろうとしたら、サーヤが俺の手を目線で追いながら小さく声を出す。
そうだな。肝心なことを言っていなかった。
「今回、意識を失い三日も眠っていたのは、MP切れが原因で間違いない。ずっと眠っていたからさ。もう全力疾走しても大丈夫さ」
「今日だけはご自愛いただけますよう」
ぴしゃりと言い切られてしまった。分かった、分かったって。動かないから。
涙目でにじりよるサーヤに向け両手をあげる。
「そうだな。じゃあ、今日はずっと看病をしてくれたサーヤに何かお礼がしたいな。何か欲しいものはあるかな?」
聞いておいてしまったと思う。我ながら何てデリカシーのない質問だ。
お礼のプレゼントをするなら、彼女の見えないところで準備をしておいてそっと手渡すとか、彼女の部屋の前に置くとかやりようがあるだろうに。
しかし、口をついて出てしまったものは仕方ない。
我ながらやってしまった感が強すぎて両手を顔にあて「ううう」とうつむいてしまった。
「何でもよろしいのでしょうか?」
「うん。大きなルビーがついた杖とか……だったら少し待ってもらわないとだけど」
あ、サーヤになら、ルビーではなくブルートパーズとかアメジストとか青系がよいな。
サファイアもアリだ。水の……となるとアクアマリンが一番相性がよいのかも。
魔法使いが使う杖には必ず宝石がついている。粗悪品だと砂粒のような色のついた石が先端に振りかけられているだけってのもあるが……。
杖については、ヴィクトールの記憶が中々詳しい。
人は生まれながらに「色」を持っていて、色によって相性のいい系統がある。スカイブルーのサーヤなら、水や風と相性がよい。なので、彼女は水の魔法を使いこなす。
同じように宝石にも魔法の系統と相性がある。だけど、宝石は宝石自体に「格」があってさ、一番相性のいい宝石が一番強いってわけじゃあないんだよね。
サファイアは魔力的には一番良いのだけど、相性ならばアクアマリンが優れる。うーん、どうしたものかな。
悩んでいたら、サーヤがくすりと微笑み上目遣いに俺を見つめてくる。
「あ、あの、そのですね」
「サファイアとアクアマリンで悩むよな。俺もどっちがいいかと悩んでいて」
「そのような高価なもの頂けません! それよりも、もっと素敵な……あ、あの」
今度はうつむいて、口ごもってしまった。
杖じゃあなかったのか。別に値段なんて気にしなくていいのにさ。
確かに、今すぐに買う事はできないけど、修行を終えた暁には稼ぐさ。そして、彼女にプレゼントすれば……。
「……ぎゅ……って……」
「ぎゅ?」
「ぎゅっとして欲しいです……」
「そ、そんなことで」
「それがいいんです!」
耳まで真っ赤にして強く言い返されてしまった。
ベッドから降りると、彼女も椅子から立ち上がり俺を見上げてくる。
でも自分で言ったことが恥ずかしかったのか、見上げたまではよかったがすぐに目を逸らす。
「あ……後ろ……」
「これなら恥ずかしくないかなと思って」
「はい」
サーヤを後ろから抱きしめ、にっと口元をあげる。
彼女は自分のお腹辺りにある俺の手に自分の手を添え、首を後ろに傾けた。
ぽぷんと彼女の頭が俺の胸に……くるほど俺の背が高くなくて顔と顔が触れそうになってしまう。
「はわ……」
「はわ?」
「な、何でもありません!」
「そ、そうか」
しばらく彼女を抱きしめたまま、静かな時間が過ぎる。
「サーヤ」
「ヴィクトール兄さま?」
「あ、ごめん。力を込めすぎたかも」
「いえ、そのようなことはありません!」
「あと数ヶ月修行をしたら、村を出ようと思っているんだ。実戦に勝る修行はないってね」
「お供いたします。サーヤはどこまでも。兄さまと共に」
「サーヤ。俺は世界最強を目指しているわけじゃあない。勝ちたい相手がいる。だから、今よりもっと強くなりたい」
そっと彼女から体を離し、未だ見ぬ宿敵へ「首を洗って待っていろ!」と心の中で叫ぶ。
そうだ。近くサーヤにダイダロスのことを言わないとな。突然俺が魔法剣士だなんてのたまって戸惑っていることだろうし……。
彼女と共に歩むと決めたのなら、ダイダロスのこと、ダイダロスの宿敵のこと、全て彼女に伝えたい。
それが、俺ができる精一杯の彼女への誠意だと思うのだから。
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