第10話 二人なら

「ぜえはあ……」

「はあはあ……」


 息があがるまで全力疾走、息を入れてまた全力疾走を繰り返し完全に息が上がったところで大木の下に倒れ込む。

 翌朝からさっそく修行を再開したのだが、ようやく俺のスタミナがサーヤに追いついてきたようだ。

 彼女は魔法使いなので、俺ほどは鍛えあげなくともよいはず。といっても、もう少しスタミナをつけないと魔法使いであっても厳しいよな。

 俺? 俺はまだまだ果てしなく遠いさ。体力つくり、筋力つくりは焦らず一歩ずつやっていくしかない。

 魔力を使いながらなこととダイダロスの時に経験しているから、かなりの速度で成長しているはずなんだけど。それでも、やっぱり焦れてしまう。

 基礎体力作りってとっても地味だからなあ……。

 だが、最も重要だってことも分かっている。

 

 両手を地面につけ両足を投げ出した姿勢で肩で息をしていたら、ようやく息が整ってきた。

 傍らでペタンと座るサーヤも頭を下げ両手を地面につけ大きく息をしている。彼女もそろそろ落ち着いてくる頃かな。

 

「サーヤ」

「……はい。も、もう少し、すいません」

「俺もまだ立てないかな」


 お互いに顔を見合わせくすりとなった。

 大木の幹に背中を預けると、彼女も俺の隣で同じように背中を幹に引っ付ける。

 しばらくの間、静寂の時が流れ、時折そよぐ風が優しく肌と撫でた。

 そんな中、首だけを横に向けサーヤの横顔を見やる。

 

「何も聞かないで、ずっと寄り添ってくれてありがとうな」

「ヴィクトール兄さまは兄さまです。私にはそれだけで」


 彼女も顔をこちらに向け、ふんわりとはにかむ。

 その顔は完全に俺のことを信頼していることが感じられ、とても暖かな気持ちになれた。

 彼女の柔らかさに導かれるように、俺は自然と自ら置かれた境遇について語り始める。

 

「サーヤもとっくに気が付いていると思うけど、暴れ牛にぶつかって頭を強くうっただろ、あの時だ」

「とても、心配いたしました。兄さまは時折ヒヤッとすることをなさいますから」

「そうかな……」

「はい。ですが、兄さまの無茶はとても分かりやすいのです」


 そうなのかな。

 あの時はとっさに体が動いたんだよな。怪我するとか、そんなことまで思いが至らなかった。

 苦笑し誤魔化すように頭に手をやるが、サーヤは目を細め楽し気に微笑むばかり。

 おっと、彼女の顔を眺めていてはこのまま喋らずまま朝食に向ってしまう。


「それで、あの時、俺は『思い出した』んだ」

「思い出したとは?」

「うん。たぶん俺の前世の記憶を」

「兄さまの前世! きっと前世のお兄さまも素敵な方だったのでしょうね」

「そ、それは分からないけど。今の俺は前世の記憶とヴィクトールの記憶が重なり混じった感じになっている」

「兄さまは魔法剣士だったのですか?」

「うん。前世の俺は魔法剣士だった。幸か不幸か前世の俺と今の俺は同じ『色』だったんだ」

「それで、兄さまは魔法使いとしてはいくら努力しても、とおっしゃったのですね」

「そうなんだ。だから、魔法剣士として生きて行きたいと思っている」

「……大きな目標があるのですよね?」

 

 ドキリとした。彼女は俺から何も言わずとも察してくれていたんだ。

 いや、俺がどこかで呟いたのかもしれないのだけど……。

 

「俺さ。自分なりに限界まで極めたと思っていたんだ。だけど、あっさりと負けてしまって」

「そうだったのですか……」

「俺は知らなかった。知らないが故に慢心していたのだと思う。強さとは孤高であるべしと信じていた、いや、信じたかったんだ」


 三十余年、一心不乱に修行をした。人生の大半を修行で費やした。

 だから、山を降り強き者たちに挑戦したんだ。

 独りよがりな慢心が、「右手」に敗れた最も大きな要因だったと今なら分かる。


「ずっと一緒です。兄さまの勝ちたいお相手と相まみえる時も。それが兄さまの目標なのですよね」

「うん。サーヤと一緒なら」


 命を失うかもしれない、とかそんな野暮なことは言わない。

 彼女が覚悟を抱いていようとも、俺は絶対に彼女を死なせることなんてしないのだから。

 なればこそ、ダイダロスより俺は強くなれる。


 っと、少ししか会話していないつもりだったけど、もうこんな時間か。

 太陽の傾きがそろそろ朝食の時間だと告げている。

 でも、今日くらいはもう少し話をしていてもいいか。

 なんて思っていたら、サーヤがすっと立ち上がって俺に手を差し伸べてくる。


「私の知らない兄さまのお話をまた聞かせてくださいね」

「うん」


 彼女の手を取り、俺も立ち上がった。

 このまま手を繋いでいたい衝動にかられるものの、立ち上がってしまったのだから仕方ない。

 彼女から手を離し、並んで屋敷へと向かう。

 

 ◇◇◇

 

 朝食が済んだところで来客が。

 訪ねて来たのは、村長と木こりのおじさんの二人だった。

 俺が朝からランニングをしているのを見かけて来てくれたのだという。

 

「心配をおかけしました」

「いえいえいえ! ノイラート様からお預かりしているご子息様を危険な目に、本当に申し訳ありませんでした!」


 真っ白になった長い髭を蓄えた小柄な村長が深々と頭を下げる。


「私が勝手にデュラハンに突っ込んでいったんです。村長さんが気に病むことはありません」

「あのままでは村を守り切れなかったと冒険者も言っておりました。向かわせてしまった上に、村を救っていただき感謝しかありません!」

「私も村人を、できれば村そのものを守りたい一心で。冒険者とここにいるサーヤ、全員が一丸となって戦い、何とか打ち倒せたのです。私だけの力ではありません」

「ヴィクトール様、サーヤ様、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 村長と木こりの言葉が重なった。

 

「ヘクターさんたちは?」

「彼らはあの事件の翌朝、街へ向かいました。依頼が終わったからと」


 仕事が終わったから立ち去る。なんだかプロ意識が出ていてカッコいいな。

 冒険者というのはもっと粗野で、大雑把なものだと思っていた。

 ところが、彼らは任務に対して誠実で責任感も強い。

 冒険者を統括する冒険者ギルドは、俺が考えていたよりもしっかりとした組織に違いないだろう。

 修行を終えた後、冒険者になるのも悪くなさそうだ。路銀も稼ぐことができるしさ。

 

 あ、肝心なことを言い忘れるところだった。

 

「トーマスさん、せっかく頂いた斧を、すいません」

「いえいえ。村長とも話をしていたのですが、ヴィクトール様に新しい斧をお渡ししようかと」

「それには及びません。長剣が手に入ったので」

「もし、必要あれば言ってくださいね!」

「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げるとサーヤも俺に合わせて会釈をする。

 デュラハンから奪い取った真っ黒な長剣は、自室に立てかけたままだ。

 あの剣を背負って歩くにはまだまだ修行が足りない。俺のMPはまだ常時身体能力強化状態でいられるほどじゃあないからな。

 それでも、本格的に戦うとなるとデュラハンの剣では足りない……そう考えると何ともまあ遠い道のりだ。

 

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