第11話 色です

 朧気ながら進むべき道が見えた俺であったが、冒険者をやってみてはどうか、という案はサーヤにすぐに伝えた。

 もちろん、修行中にね。

 デュラハン事件があって以来、村人と俺たちの関係はつかず離れずから、とても親しいものに変わったんだ。

 ノイラート家から押し付けられた客人というから、一緒に生活する村の仲間と認識が改められたのではないかなと推測している。

 半ば自分のためでもあったデュラハン戦がこれほど評価されるとは、ちょっと戸惑っていた。

 事件前にも親しくしていた村人たちは、木こりやシャールら何名かいたんだけど、村全体となるとやっぱり違うよな。

 村人たちはいろんな食材を「お礼だ」と称し持ってきてくれる。だけど、お礼は一回までにして欲しいと彼らにお願いしているんだ。

 二度目からはお金を渡すようにしている。彼らの生活は決して裕福じゃあないから。俺に食材を持ってきてくれた分、自分たちの生活が苦しくなるだろ?

 

 ……偉そうなことを。

 と思うかもしれない。うん。その通りだと俺も思う。

 父上のお金で生活しているわけだしな、俺。

 そんなわけで、最低限の修行を終えたら屋敷を出ようとしているってわけさ。

 

 そのためにも、修行、修行、そして修行だ。

 大木の枝にぶら下がり、ぐぐぐっと自分の体を持ち上げる。


「兄ちゃん! これ、山で見つけたんだ。食べてくれよ」


 懸垂を繰り返す俺に向かって片手をぶんぶん振る少年はシャールだった。

 もう一方の手にザルを抱え、そこに青紫の果実が大量に乗っかっている。

 あれは、何だったか。たまに野山で見かける果実だ。

 見つけた時は嬉しい気持ちになるんだよな。あれ。小さな木苺と違って食べがいがあるし。

 

「プルーンですか。デュラハンが出たところですし、野山に行くのは十分気を付けてくださいね」

「うん! じゃあ、兄ちゃん! 姉ちゃんも!」


 手が離せない俺に代わりサーヤが果物を受け取ってくれた。


「お、おう……あ、ありがと、う、な」


 息絶え絶えにシャールに礼を言って片手を振ろうと枝から手を離す。

 あ。

 ただでさえ握力が限界に近かったところを片手にしたものだから、するりと枝から手がすっぽ抜ける。

 

「兄さま!」


 俺を受け止めようとしたサーヤだったが、咄嗟で体勢が悪い上に落ちてきた勢いが加わった俺を支えきれるはずもなく。

 むぎゅうう。

 サーヤに後ろから抱きしめられるような姿勢で彼女の上に乗っかってしまった。

 

「サーヤ。大丈夫か?」

「は、はい」


 おっと、こうしちゃおれん。彼女から離れようと体を起こす。

 が彼女は俺を後ろから抱きしめてくる。

 背中に当たる彼女の頭……額を当てているのかな。

 

「俺はどこも痛くないから」

「私、決めました」

「ん?」

「盾になりたいと思います。もっと、魔法が上手に使えるように頑張ります!」

「盾になるのは俺だって。サーヤは後ろから魔法を使って欲しい」

「はい! 私は兄さまの大きな……大きくはありませんが、兄さまの頼りになる背中を見て戦いたいと思ってます」

「よかった。何を言いだすのかと思ったよ」

「癒し、障壁、強化魔法を特に鍛えるつもりです」

「そういうことか。強化魔法は自分自身に使うようにして欲しい。魔法剣士に強化は不要だから」

「そうなのですか!」

「うん。元々体内魔力で強化する関係上、魔法使いの強化魔法は受け付けないんだよ」

「残念です……兄さまをもっともっとお護りしたかったのですが……」


 彼女の手を振りほどき、くるりと体の向きを変える。


「その気持ちがとても嬉しいよ。俺が傷付いた時は頼むぞ」

「は、はい!」


 彼女の頭に手を乗せ、ほほえみかけると、彼女もまた満面の笑顔を浮かべ力強く返事をするのだった。


「お邪魔しちゃったな! 兄ちゃんと姉ちゃんはほらあれだろ、あれ」

「シャール、ま、まだいたのか」

「さっきからずっといたよ! じゃあな、兄ちゃん!」


 ひらひらと手を振り、駆けて行くシャールの背中を見つめタラリと冷や汗が流れ落ちる。

 

 ◇◇◇

 

 一ヶ月後――。

 ようやく魔法剣士として入口に立つことができた。

 基礎体力をまだまだ鍛えないといけないけど、起きてから寝るまでの間ならば常に魔力を身体能力強化に割り当てることができるようになったんだ。

 といっても、戦闘時のような爆発的な向上を行うほどの魔力量は消費していない。

 だいたい通常時の二から三倍程度にしている。これなら無理なく強化状態でいられるってわけだ。

 じゃあなんで今までしなかったのかというと、MP回復量が少なかったから。MPが増えるに従い、MP回復量も増える。

 寝ていなくても、空気中・食事中・瞑想時なんて時にMPは回復する。元になる器が大きければ、その分MPの回復量も増えるんだ。

 何故そうなるのかの仕組みは分からない。

 実体験から言えることとして、MP回復量は決まった量じゃあなく割合になっているということ。

 例えば、MPが100なら1回復するとしたら、1000なら10回復する。

 

 常時身体能力強化を施すことで、体を鍛える効率が数十倍まで跳ね上がった。

 この調子でペースをあげて行こう。

 サーヤはサーヤでMPが格段に増え、より上位の階位の魔法であっても楽に使いこなすようになってきていた。

 

 更に三ヶ月後――。

 この屋敷に来てからもうすぐ一年が経とうとしている。頭をぶつけて記憶を取り戻してからだと、だいたい半年くらいか。

 俺とサーヤは今、それぞれ自室の整理をしている。

 最低限の力をつけることができたと判断した俺は、サーヤの状態も尋ね出立することを決めた。

 

「うん、こんなものか」


 大きなリュックをポンと叩き、デュラハンの黒剣を腰に携える。

 しかしここで大きな問題が発生した。

 剣が長すぎて、ズルズルと床を削ってしまうじゃあないか。鞘もちゃんと回収して持ち歩くことができるようにしたまではよかったんだけどなあ。

 となると、背負うしかないわけだが、リュックと干渉してしまう。

 仕方ないので背中とリュックの間に黒剣を挟みこむことにした。戦うときはリュックを投げ捨て、長剣を引き抜く。

 これで行こう。

 

 自室を出て、サーヤの部屋の扉をコンコンと叩く。

 

「サーヤ、終わった?」

「い、いえ。一つ迷っておりまして」


 何を迷っているのだろうか?

 ガチャリ――。


「きゃ!」 

「あ、ご、ごめん」


 パタリと扉を閉める。

 ちゃんと聞いてから開けるべきだった。「すまん、サーヤ」心の中で再度謝罪し、額に手をやる。


「兄さま、どちらが良いと思いますか?」


 扉越しにサーヤが問いかけてきた。

 

「どちらというと」

「い、色です」

「全部持っていけばいいんじゃないかな? 俺のリュックはまだまだ空きがあるし」

「で、ですが、メイド服なんてものは必要ないかと思うのです」

「いずれにしても街で装備を揃えるつもりだし、今のところは動きやすい服が数着あればいいんじゃないかな、そ、その下着も」

「は、はい!」


 てなわけで、待つこと10分ほど。

 着替えたサーヤが扉を開けて出てきた。

 彼女は白のブラウスに薄い紫色の膝下まであるローブを纏い、下は膝上あたりまでの長さのふんわりとしたスカートと黒のブーツを身に着けている。

 ローブは前開きになっていて、マントにも見える動きやすいものだった。

 革鎧をとか思ったけど、このままでもいいかもしれない。

 

「ど、どうですか?」

「うん。このままでもよいんじゃないかな。あ、手を切るかもしれないしグローブはあった方がいいかな」

「そ、そうではなく。いえ、何でもありません」


 「兄さまですし……」とかボソッと呟いているが、何か抜けていたか?

 あ、杖か。杖はもう少し高位のものを準備したいところだな。今のサーヤの階位からして、あの杖じゃあ壊れてしまいそうだ。

 

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